フェリシアの旅

2000/01/20 日本ヘラルド映画試写室
『スウィート・ヒアアフター』のアトム・エゴイヤン監督最新作。
ボブ・ホスキンスが屈折した犯罪者を熱演。by K. Hattori


 『エキゾチカ』『スウィート・ヒアアフター』のアトム・エゴイヤン監督最新作。恋人を追ってアイルランドからイギリスに渡った少女フェリシアが、危険な男の罠にはまるというサスペンス・スリラーだ。原作はアイルランドの作家ウィリアム・トレヴァーの同名小説だが、少年時代のトラウマから抜け出せないまま、愛を求めて次々と少女を毒牙にかける殺人鬼と、愛を信じて単身異郷の地を訪れた少女の純真な心が一瞬触れ合うという寓話的な物語は、まさにエゴイヤンの世界そのもの。現在と過去を出し抜けに交錯させるエゴイヤン独特の演出もあって導入部は多少まごつきますが、物語のアウトラインが見えてくる中盤以降は息もつかせぬ面白さ。疑いを知らぬ少女を巧みに罠へと追い込む様子は手が込んでいるし、罠にはまった少女に真相を話し、最後にガシャリと檻の扉を閉めてしまう様子はスリル満点です。少女を罠にかけるマザコン男ヒルディッチを演じているのは、イギリスの名優ボブ・ホスキンス。フェリシアを演じるエレーン・キャシディは、アイルランドの若手女優だ。

 主人公フェリシアは、イギリスに働きに出たまま連絡を寄こさなくなった恋人ジョニーを追って、たったひとりアイルランドからフェリーで海を越える。もうひとりの主人公ヒルディッチは、あてもなく町をさまよう彼女を見つけ、親切に声をかける……。ヒルディッチのキャラクターが秀逸だ。彼はテレビ料理番組のスターだった母親を持つ独身男で、母親が死んだ後も番組のビデオを繰り返しながめては、そのレシピ通りに卓上にご馳走を並べるのを習慣にしている。だがその豪華な晩餐に客が招かれることはない。彼はたったひとりで手の込んだ料理を作り、それを少しつまみ食いしては捨ててしまう。彼は母親から愛情を感じたことがない。テレビカメラの前で愛想良く笑い、仲のよい親子を演じながら、その表情はいつもわざとらしいポーズでしかなかった。彼が母親から学んだのは、どうすれば他人に好感を持たれるポーズを付けられるかだ。彼はその人工的な人当たりの良さを武器に、町で家出少女を物色しては車に乗せていた。少女たちがその後どうなったのかは、誰も知らない。

 『エキゾチカ』も『スウィート・ヒアアフター』もそうだったが、この映画の大きなテーマになっているのは人間の孤独と癒し、罪と救済の問題だ。フェリシアもヒルディッチも孤独だ。ふたりとも愛を求めている。しかしふたりの大きな違いは、フェリシアが愛の存在を確信しながらそれを探し求めているのに対し、ヒルディッチは愛の不在を確信し、それでも愛を求めることがやめられないことだろう。ヒルディッチが信じているのは人間の打算的な欲望であり、愛情の仮面をかぶった利己的な心理の残酷さだ。彼は家出少女たちから愛されることを願いながら、一見純真無垢に見える彼女たちの仮面を引き剥がし、その下から彼のよく知っている人間の素顔が見えると安心する。そんな彼の期待をフェリシアが裏切った時、人間同士の新しい関係が始まるのだ。

(原題:FELICIA'S JOURNEY)


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