ホールド・バック・ザ・ナイト

2000/03/13 映画美学校試写室
心に傷を持つ少女が本当の愛を求めてスコットランドの旅へ。
風景の美しさと雄大さがすべての癒しになる。by K. Hattori


 4月4日から9日まで草月ホールで開催される、「ケルティック・フィルム・フェスト」で上映される作品の1本。この映画祭は今注目を浴びている「ケルト」をキーワードに、スコットランド、アイルランド、ウェールズなどの映画を特集上映する試み。ここ何年か日本ではイギリス映画ブームが続いているが、イギリスは複数の民族からなる国で、それぞれに「スコットランド人」「ウェールズ人」といった民族アイデンティティも強い。映画の中にそれがどの程度影を落としているかは別としても、この映画祭は「ブリティッシュ」を拒絶し、あくまでも「ケルティック」なのだ。

 この『ホールド・バック・ザ・ナイト』は、家出した少女シャーリーンが主人公。一文無しで家を飛び出した彼女はヒッチハイクで町まで出ると、やはり放浪生活をしている青年デクランと知り合う。警官隊とのもみ合いで作業員のひとりを殴りつけたシャーリーンとデクランは、ひとり旅をしてるヴェラという老女の車に潜り込む。ヴェラはオークニー諸島にある古代遺跡ストーン・サークルを目指していた。ヴェラの車でエジンバラの叔父の家を訪ねたシャーリーンだが……。

 歪んだ欲望の中で生まれ育った少女が、旅の中で本当の愛を見つける物語。近親相姦、同性愛、ターミナルケア、殺人など、重いテーマが次々に登場するが、それらが物語の重石にならないのは、映画に登場する圧倒的な自然の雄大さによるところが大きいと思う。スコットランドの大自然の中では、人間の深刻な悩みもちっぽけなものに思えてしまう。これは問題が軽視されるという意味ではない。問題は確かにそこに存在するのだが、大自然の前ですべての物事が相対化されてしまうのだ。人間が問題に取り憑かれ、それに引きずり回されることがない。物事すべてを少し離れて見る視点が与えられるような気がする。取り返しのつかない人生の傷だと思われていた物も、じつは目立たない小さな傷に過ぎず、それはいくらでも修復可能なものだという事実に気づかされる。それが主人公にとっての大きな救いと慰めになるのだ。

 主人公シャーリーンを演じるのは、『司祭』でも父親にレイプされていたクリスティーン・トレマルコ。不幸な生い立ちゆえに他人を信じられず、愛に飢えながらも愛を拒絶してしまうヒロインを巧みに演じています。監督はこれが2作目だというフィル・デイヴィス。もともと役者で、『エイリアン3』『ザ・ファーム/法律事務所』などのハリウッド映画や、ロバート・カーライル主演の『フェイス』にも出演しているらしい。この映画は昨年のカンヌ映画祭批評家週間に出品され、観客賞を受賞。日本では配給会社が決まっていませんが、このぐらいの内容なら、どこかが買い付けるかもしれません。

 形式としては典型的なロードムービーです。ドラマも面白いけれど、この映画の魅力はやはり風景の美しさだと思う。この映画を観ていると、スコットランドを自動車で旅したくなります。ストーンサークルも素敵。

(原題:Hold Back The Night)


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