白い花びら

2000/03/30 映画美学校試写室
古典的な三角関係のドラマをモノクロ・サイレントで綴る、
アキ・カウリスマキ監督の異色作。by K. Hattori


 フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの最新作は、「20世紀最後のサイレント・フィルム」と銘打ったモノクロ映画。前世紀末から今世紀初頭にかけて活躍したフィンランドの作家、ユハニ・アホの小説を、アキ・カウリスマキ監督が脚色している。主演のサカリ・クオスマネンとカティ・オウティネンは、カウリスマキ映画の常連だ。登場人物たちの台詞が録音されておらず、すべて台詞字幕で見せるという点はサイレント映画だが、音楽や歌や一部の効果音は録音されている。これは世界初のトーキー映画とされることも多い『ジャズ・シンガー』と同じ形式。『ジャズ・シンガー』がトーキーなら、『白い花びら』も厳密にはトーキーだと思うけどね。

 田舎の小さな村で、畑仕事をしながらささやかな暮らしを守っている農夫ユハと妻のマルヤ。豊かさや華やかさとは無縁の地味な暮らしだが、ふたりはそれでも十分に幸せだった。ところがある日、夫婦のもとに都会からシェメイッカという男がやってくる。たまたま夫婦の家の近くで車が故障したのだ。シェメイッカは田舎娘のマルヤに甘い言葉をかけ、「僕と一緒に都会に行こう」と誘う。その時は彼を拒否したマルヤだが、彼が去った後も何かそわそわと落ち着かない。洗練された都会人であるシェメイッカに比べると、夫のユハは何ともみすぼらしく垢抜けない男に見えてしまう。数ヶ月後にシェメイッカが再び現れたとき、マルヤは夫を家に残して都会に出ていってしまう。始めは優しくマルヤに接していたシェメイッカだったが、その正体は、女たちを大勢抱えていかがわしい商売をしている男だった。

 田舎の純朴な女が都会の男に騙され、彼女を奪われた夫が彼女を救出し、都会の男に復讐するという物語。きわめて単純な三角関係のドラマで、お話だけを取り出せば陳腐なものですらある。しかしこの映画、物語のあちこちに奇妙なズレやきしみがあって、それが一筋縄ではいかない映画の印象を形作っている。例えば主人公ユハとマルヤ、誘惑者シェメイッカの年齢。物語の中ではユハが高齢の農夫で、マルヤが年の離れた若い妻という設定。シェメイッカは「君にあの男は年より過ぎる」とマルヤを誘惑する。ところが映画の中ではユハが40過ぎ、マルヤが30代半ば過ぎだから、それほど年が離れているように見えないのに対し、ユハを年寄り扱いするシェメイッカ役のアンドレ・ウィルムスが50過ぎで一番年を取っている。これは話からすると変なキャスティングだが、監督はそんなこと承知でこの配役にしている。

 スクリーンサイズはビスタ。もしこれが単なるサイレント映画の模倣なら、サイズは断然スタンダードでなければならない。でもそうしないところからも、この映画が単なる懐古趣味ではないことがわかる。音声なんてドルビー・デジタルだもんね。古くさい三角関係の物語を、サイレント映画(パート・トーキー)という古いスタイルで描くことで、逆に新しさが生まれているというユニークな作品。上映時間は1時間18分。

(原題:Juha)


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