地獄

2000/04/05 シネカノン試写室
1960年の新東宝作品。監督は『東海道四谷怪談』の中川信夫。
登場人物が全員死んで地獄に堕ちる話。by K. Hattori


 5月27日からキネカ大森で開催される「中川信夫/怪奇との戯れ、死の幻影〈イリュージョン〉」という特集上映の中の1本。最近は日本映画の世界でホラー映画がブームになっていることもあり、かつて一世を風靡した和製怪談映画に再び脚光が当たっている。今回の特集では、中川監督が戦後に撮った怪談映画や怪奇映画が全部で9本上映され、そのうち4本がニュープリントになっている。この『地獄』もニュープリント。同じタイトルの映画では昨年の石井輝男監督作品が記憶に新しいのだが、この中川版もそれに負けず劣らず無茶苦茶です。前年には芝居仕立てで端正な『東海道四谷怪談』を撮っていた監督なのに、とても同一人物とは思えない破れかぶれぶり。これらの映画が作られた昭和30年代中頃は、日本の映画人口がピークに達していた時代。そうした時代だからこそ、こうしたアナーキーさが許されたのかもしれないけれど、それにしてもこりゃ無茶です。

 天知茂が大学生という設定なのだが、それは映画だから許す。主人公の清水四郎は恩師の一人娘幸子と愛し合い婚約する。四郎が学友田村の車に同乗して帰宅途中、運転していた田村は酔ったチンピラをひき殺して逃げてしまう。目撃者はいないと思われたが、じつはこの様子を殺されたチンピラの母親が見ていた。母親は田村と四郎への復讐に燃える。良心の呵責に堪えかねた四郎は、恋人の幸子にすべてを打ち明けて警察に自首しようとするが、乗り合わせたタクシーが事故を起こして幸子は死んでしまう。傷心の四郎は実家に戻るが、そこでは病気で伏せる母親の横で、父親が若い愛人を家に引き込んでいた。愛人は四郎にも色目を使う。家には飲んだくれの画家がおり、その娘は幸子そっくりで四郎の心は大きく揺り動かされる。そこに四郎を追って田村が姿を現し、幸子の両親も現れ、四郎と田村に復讐しようとするチンピラの母と姉もやってきて、なんだかよくわからないままに全員が死んで地獄に堕ちる。

 ここから映画の中身は毒々しい地獄絵図になるのだが、「生きるも地獄、死ぬるも地獄」というのがこの映画のテーマらしく、主人公とその周辺の人々は地獄に堕ちてもそのままの顔ぶれ。田村は相変わらず四郎に付きまとい、父の愛人は四郎の足もとにすがりつき、チンピラは恨めしそうに血まみれの顔を四郎に向け、その母と姉は四郎を殺そうとする。死んで地獄に堕ちているのに殺すも殺さないもないんだけど、凝り固まった念によって生き死にさえ忘れてしまうのが人間の妄執というものか。地獄では賽の河原や血の池地獄、針の山といった名所が次々に紹介されるのだが、そのつながりは唐突。物語としての流れは一応あるけれど、ブリッジになるエピソードや描写がカットされているような印象だ。たぶんもともとは地獄巡りの場面がもっと長かったものを、上映時間にあわせて大幅に短縮したんだと思う。この終盤にもっとたっぷり時間をとると、また違った印象の映画になったかもしれないが、それではこの迫力が薄れたかも。


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