ひかりのまち

2000/05/08 メディアボックス試写室
マイケル・ウィンターボトム監督が描くロンドンの人間模様。
マイケル・ナイマンの音楽が素晴らしい。by K. Hattori


 『日陰のふたり』『アイ ウォント ユー』など監督した全作品が日本公開されているイギリス人監督マイケル・ウィンターボトムの新作は、16ミリの手持ちカメラで撮影されたロンドンの人間模様。この監督の作品は人間の心の暗い面をさらけ出すようなものが多く、ショッキングではあるが観ていてゲンナリすることもしばしばだ。今回の映画もウィンターボトム監督作と聞いて覚悟していたのですが、意外なことに人間の温かさや優しさを描いたいい話になっています。どんな人間でも持っている弱さや欠点を描いているのは相変わらずですが、「人間なんてこんなロクでもないものだ」と言わんばかりの部分が減り、「こんなに不完全なものだけど、人間はやっぱり素晴らしい」という人間賛歌になっているような気がする。こうした優しさはウィンターボトム監督の過去の作品にも少しずつ見えていたものだけれど、これまでは作品に漂う死の匂いや血生臭さが先に立って、映画の背後に隠れがちな部分だったと思う。たぶん今回の映画に一番近いウィンターボトム作品は、日本では劇場公開されたTVムービー『GO NOW』でしょう。

 カフェでウェイトレスの仕事をしている27歳のナディアを中心に、彼女の姉妹、弟、甥っ子、義兄、両親などの姿を描いて行く映画です。登場する人たちに悪人はいませんが、どの人物もそれぞれが性格や行動に欠点を持った人間として描かれています。伝言ダイヤルにはまって、見ず知らずの男たちとデートを繰り返す次女のナディア。離婚してひとりで小学生の息子を育てながら、週末の男あさりが止まらない長女デビー。出産を間近に控えた三女のモリーは、キッチン家具販売店に勤める夫との関係がギクシャクしている。この映画の中には、不治の難病も、極端な暴力や殺人も、戦争もテロも登場しない。都会に暮らす人間の、ごくごくささやかな日常だけが淡々と描かれている。物語は木曜日にはじまり翌週の月曜日には終わる。ほんの数日間の物語だが、そこにはいろいろなドラマが凝縮されている。

 16ミリのフィルムで撮影したものを35ミリのシネスコにブローアップしているので、画面はハイコントラストになるし粒子もかなり目立つ。手持ちカメラをぶんぶん振り回して、時にはピントがはずれたり、露出が会わなかったり、レンズが曇ったりするドキュメンタリータッチ。こうした絵作りはドラマに生々しさを出す効果もあるし、逆に観客にカメラの存在を強く意識させ、ドラマとの間に一定の距離感を持たせる意味もあるのだろう。こうした手法に違和感を持つ人も多いかもしれない。

 この映画で特筆すべきは、マイケル・ナイマンの音楽が生み出す劇的な効果だろう。主人公たちが町を歩いたり、道路を車が走るというただそれだけの場面でも、そこにナイマンの音楽がかぶさるだけで感動的なシーンになってしまう。音楽だけではたぶんこの感動は生まれないし、映像だけでもこの感動には届かない。映画音楽の醍醐味を痛感させられる体験でした。

(原題:WONDERLAND)


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