ブラッドシンプル
ザ・スリラー

2000/07/25 メディアボックス試写室
『ファーゴ』のコーエン兄弟がデビュー作を再編集した改訂版。
コーエン兄弟はデビューしたときからすごかった。by K. Hattori


 『ファーゴ』『ビッグ・リボウスキ』のコーエン兄弟が、1983年に製作したデビュー作『ブラッド・シンプル』に自ら手を入れブラッシュアップした作品。映画冒頭に簡単な解説ナレーションが挿入されているほか、本編もオリジナル版に比べて4分短くなったという。僕はコーエン兄弟の作品の中でこのデビュー作だけが未見だったので、今回の再編集版で『ブラッド・シンプル』に触れられたのは嬉しい。細かく比較すればオリジナル版とはいろいろと違いがあるようだが、たぶん僕のように物語や芝居中心に映画を観ている分には、たとえ両者を比較しても違いが気になることはないかもしれない。(オリジナル版とは邦題の表記が違う。オリジナルは『ブラッド・シンプル』と「・(ナカグロ)」あり。)

 僕がコーエン兄弟の作品を最初に観たのは、監督3作目の『ミラーズ・クロッシング』からだ。その後ビデオで『赤ちゃん泥棒』を観たのが早かったのか、それともカンヌでパルムドールを受賞した『バートン・フィンク』を観たのが早かったのかは覚えていない。今回再編集版という形でデビュー作を観たわけだが、『ファーゴ』や『ビッグ・リボウスキ』に連なるコーエン兄弟のエッセンスが、このデビュー作にも詰まっている。デビュー作にはその作家のすべてがあるというのは本当だ。

 やや偏執狂気味の酒場経営者マーティが、店の従業員レイと自分の妻アビーの不倫を知ったことが物語の発端。マーティは嫉妬と憎悪に身を焦がし、浮気調査をした私立探偵に妻と不倫相手の殺害を依頼する。報酬は1万ドル。探偵はこの依頼を引き受け、数日後の深夜、レイとアビーのいる家にこっそりと忍び込む……。精神的に追い込まれた男がそこから脱出するために違法な犯罪に手を伸ばそうとするが、その実行犯が依頼を忠実に遂行しなかったことから全員が破滅するという展開は、後の『ファーゴ』にもつながるものだ。『ファーゴ』では犯罪捜査側の警官を演じていたフランシス・マクドーマンドが、この映画では不倫妻のアビーを演じている。まだ26歳。ダン・ヘダヤ演じる中年の夫マーティに愛想を尽かし、不倫に走る若妻を演じられる年齢でした。最近はすっかり貫禄が付いてますけどね。

 的確なキャラクター造形、血糊をたっぷり使った即物的でリアルな暴力描写、小道具を巧みに使ったユーモアなど、このデビュー作から既にコーエン兄弟は一流の映画作家だったことがわかる。憎悪や嫉妬や殺意など、人間が持つあらゆるネガティブな感情がこりかたまったかのようなダン・ヘダヤ。ちょっとした火遊びが思いがけず重大事件に巻き込まれ、にっちもさっちもいかなくなるジョン・ゲッツ演じるレイ。意地汚いだけの小人物と思わせておいて、意外な大悪党ぶりを見せる私立探偵役のM・エメット・ウォルシュ。こうした複雑な登場人物の中で一番単純な役を演じているのが、後に『ファーゴ』でオスカー女優となるマクドーマンドだというのが面白い。観客の感情移入には、この単純さが必要なのだ。

(原題:BLOOD SIMPLE the thriller)


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