ザ・ディレクター
[市民ケーン]の真実

2000/08/07 TCC試写室
オーソン・ウェルズは『市民ケーン』をどうやって作ったか。
映画にまつわる伝説が映画になった。by K. Hattori


 1941年に製作されたオーソン・ウェルズ監督のデビュー作『市民ケーン』は、「アメリカ映画ベストテン」のようなアンケートを取れば『風と共に去りぬ』と共に常に上位にランキングする作品。映画について学ぶ学生や映画ファンなら、エイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』と共に、必ず観ておかなければならない教科書のような映画だ。この映画には製作にまつわる裏話が多い。その内もっとも有名なのは、この映画に登場する新聞王チャールズ・フォスター・ケーンのモデルが、実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストだという話だろう。ハーストは前世紀末から今世紀初頭にかけて、やはり新聞王だったピュリッツァーと猛烈な部数獲得合戦を繰り広げ、そのなりふり構わない経営手法と読者に迎合した扇情的な記事で、イエロージャーナリズムという名前を生みだした伝説的人物。今ではピュリッツァーはジャーナリストに贈られる最高の栄誉「ピュリッツァー賞」で名を残し、ハーストの名は『市民ケーン』のモデルとして人々の記憶に残っている。

 この映画『ザ・ディレクター』は、『市民ケーン』製作の裏側を描くハリウッド実録もの。もともとリドリー・スコットが監督するはずだったのだが、諸般の事情でスコットが降板して弟トニーと共に製作総指揮に回り、『グレアム・ヤング毒殺日記』のベンジャミン・ロスがテレビ映画として監督することになった。脚本は『エニイ・ギブン・サンデー』『グラディエーター』のジョン・ローガン。映画は1時間半たらずだが、大きく前半と後半に分かれる。前半は『市民ケーン』製作の舞台裏で、ウェルズの経歴や脚本家やスタジオとの確執、カメラマンのグレッグ・トーランド登場、実際の撮影風景などを交えた《メイキング・オブ『市民ケーン』》。映画の後半は完成した映画に対するハースト側の反撃と、作品を死守しようとするウェルズの戦いを描いた《バトル・オブ『市民ケーン』》。映画の中には、この作品にまつわる有名な逸話や伝説がたっぷりと盛り込んである。しかし全体にひどく駆け足で、どのエピソードも表面をつるりと撫でただけで通り過ぎてしまうのは残念。

 我々は実在のハーストも、『市民ケーン』に出てくる主人公そのもののように考えがちだ。巨大なメディア帝国を牛耳るタカ派の老人に、芸術家であるウェルズがケンカを売って勝利を収めるという単純な図式の中で、『市民ケーン』を巡るあれこれを考えてしまう。でも当然の事ながら、実在のハーストとケーンは別の人物だ。この映画はハーストに肩入れするわけではないが、その愛人マリオン・デイヴィスを通して、ウェルズびいきの映画ファンから悪党呼ばわりされるハースト側の言い分を描いている。ウェルズを演じているのは『スクリーム』シリーズのリーヴ・シュレイバー。ハースト役はジェイムズ・クロムウェルでマリオン役はメラニー・グリフィス。この映画の中では「正義」を振りかざすウェルズ側が、クソ生意気なチンピラのように描写される。

(原題:RKO281)


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