KOROSHI

2000/09/13 TCC試写室
石橋凌・緒形拳・大塚寧々などが出演するサスペンス映画。
殺し屋にスカウトされたリストラ男の運命。by K. Hattori


 『CLOOSING TIME』『海賊版 = BOOTLEG FILM』の小林政広監督最新作。会社をリストラされて行く場を失った中年男が、殺し屋にスカウトされて仕事をするうち、その魅力にはまっていく話。マチュー・カソヴィッツ監督の『アサシンズ』に似ているのかと思ったら、印象はまるで違うものだった。主演は石橋凌。勤めていた会社を3ヶ月前にリストラ解雇された浜崎は、そのことを妻に報告できないまま、毎日会社に行くふりをしてパチンコ屋で過ごしている。わずかばかりの退職金の中から家の口座に会社名義で給料相当の金額を振り込んではいるが、こうした取り繕いがいつまでも続くはずがない。金は間もなくすべて底をつく。そんな浜崎に、謎めいた男が突然声をかけてくる。「殺し」を請け負ってくれれば、報酬として500万払うというのだ。「あなたは相手の後頭部に銃口を突きつけて、ただ引き金を引くだけです」という男の言葉はどこか現実離れして聞こえ、その仕事を引き受けた浜崎自身、どこで自分が自分でなくなってしまったかのような奇妙な感覚に取り憑かれる。仕事は無事に終了。その夜、浜崎はいつになく激しく妻を求める。そしてこの日以来、彼は「仕事人間」になる。

 画面のほとんどが雪景色で、白とグレーの風景が続く。その中を走る主人公の真っ赤なジープと、主人公夫婦が暮らすログハウス風の家だけが、周囲の風景からクッキリと浮き上がって見える。この色彩設計は意図的なものだろう。登場人物は極端に少ない。主人公夫婦と謎の男、そして殺される男たち。それ以外の者は、通行人さえ画面に登場しない。主人公夫婦には高校生の娘がいるが、それもアメリカに留学していて画面には姿も声も登場しない。この映画では、物語の進行に必要なもの以外が、極端に切りつめ削ぎ落とされている。それが登場人物同士の葛藤を明確にし、映画全体の緊張感を生み出す。

 映画は主人公のモノローグからはじまり、モノローグで終わる。劇中の台詞もすべてアフレコ(だと思う)で、口の動きと微妙にずれている。映画の中では人間の動きと言葉が切り離され、その言葉は空中を空しくさまよって行き場を失う。この映画の中でもっとも残酷な場面は、主人公が殺しの仲介人である謎の男に泣きながら電話をする場面と、その後の妻との会話シーン。ここに登場する言葉は、画面に映し出されている人間から伝わってくる実態とは裏腹な関係だ。言葉は死んでいる。いかに饒舌であっても、死んだ言葉はひたすら虚しい。たどたどしい日本語をしゃべる謎の男の存在に妙な存在感があるのも、彼が口数の少ない人間だからかもしれない。

 この映画にはカーチェイスも派手な格闘シーンもない。雪道をゴム長を履いた男たちがヨタヨタと走り回り、銃声が1発聞こえたと思うと、主人公は溺れかけた人間のように手足をばたつかせてその場から逃げ出していく。しかし言葉が意味を失ったこの映画の中では、こうした人間の動きそのものがなによりも意味を持つ。そういう意味で、これは紛れもないアクション映画なのだ。


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