ギター弾きの恋

2000/09/25 ヤマハホール
ウディ・アレンの優しさとジャズへの愛が堪能できる映画。
1930年代に活躍したジャズマンの偽伝記。by K. Hattori


 1930年代に活躍したアメリカ人ジャズ・ギタリスト、エメット・レイの伝記映画。彼の大ファンであるウディ・アレン監督(本人もジャズ・ミュージシャン)が、ショーン・ペン主演で彼の生涯を描いている。映画の冒頭にはレイに関する簡単な略歴がタイトルで挿入され、それに継いですぐにウディ本人によるメメット・レイ談義が始まる。映画の中ではウディをはじめ、実在のミュージシャンやジャズ評論家などが顔を出し、映画の進行に合わせてエメット・レイの生涯についてコメントしていくというスタイルだ。映画の作りはまるでドキュメンタリー。しかしここに登場するエメット・レイなるジャズ・ギタリスト、じつはまったく架空の人物なのだ。これがアレン流のパロディでありお遊び。原題の『Sweet and Lowdown』はガーシュインに同名ナンバーからの引用だと思うが、劇中に曲は使われていない。

 フランスの有名なジャズ・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトを崇拝するエメットのキャラクターが秀逸。見栄っ張りで浪費癖と盗癖があり、博奕もすれば酒も飲む。「俺は世界一のギタリストだ。ただしジャンゴは別格」が口癖で、実際に演奏は超一流。だがたび重なる遅刻やすっぽかしで、興業主たちの評判はすこぶる悪い。ビリヤードもたしなむが、本当の趣味は列車を見ることと、ゴミ捨て場でネズミを撃つこと。そんな彼が休日にたまたまナンパしたのが、幼い頃の病気がもとで口がきけなくなったというハッティ。はじめは嫌々彼女とつき合っていたエメットだが、ハッティの側は彼にぞっこん。だが彼はしばしば彼女に辛くあたる。

 映画の見どころは、主人公の演奏シーン。撮影前にギターの猛特訓をしたというショーン・ペンは、演奏しながらその音に陶酔して行く主人公を完璧に演じきる。ギターを演奏する指の動きや、演奏しているときの表情や仕草がじつにリラックスしていて、まるで本当に演奏しているように見えるのだ。ギターの弦を押さえていた指を演奏の合間にパッと離し、関節をほぐすようにサッと手を振る動作なんて、じつにうまいものです。カメラは演奏しているショーン・ペンの顔とギターを弾く指先の間を、ゆっくりと上下移動する。指先の吹替なしで本人が演奏していることを、観客に誇示するかのようです。(もちろん音は吹替。演奏しているのはジャズ・ギタリストのハワード・アルデンです。)

 ハッティ役のサマンサ・モートンが素敵。口がきけない役なので、当然ながら台詞は一言もなし。それでもエメットにぞっこん惚れ込んだハッティの気持ちが、痛いほど伝わってくる。ふたりが並んで列車を観に行く場面や、「俺は指先が命だ」と言うエメットの言いつけで彼女が車のタイヤを修理する場面の表情が素晴らしい。『アンダー・ザ・スキン』のビデオを観たアレン監督の抜擢だそうですが、これは好配役でした。エメットとハッティの関係はフェリーニの『道』からの引用。でも『道』ほど残酷でないところがウディ・アレン映画です。

(原題:Sweet and Lowdown)


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