ベニスで恋して

2000/11/21 東宝第1試写室
子育ても一段落した専業主婦がベニスで新しい自分探し。
脇役が個性的でしかも魅力たっぷり。by K. Hattori


 家族旅行の帰り道、サービスエリアでバスに置いてけぼりを食ってしまった主婦ロザルバ。ヒッチハイクをしながら独力で帰宅しようとした彼女だが、途中でふと思いついて、昔から憧れていたベニスの街に立ち寄ってみることにする。夜のベニスは人気もなく、やけに憂鬱な表情。彼女を迎えるのは明日で閉鎖するという古びたホテルと、コックが盲腸で入院して料理が作れないレストランのみ。しかも翌日、駅に向かったロザルバの目の前で、彼女が乗るはずだった列車は無情にも走り去ってしまう。彼女はベニスにもう一泊することになるが……。

 平凡な主婦が旅先でさまざまな人や事件に出会い、新しい人生を発見する物語。ベニスを舞台にした映画は多いけれど、この映画のように暗くて不気味なベニスを描いた作品は珍しい。ヒロインがベニスに到着した時の様子は、まるで『ロスト・チルドレン』の世界に迷い込んだようだ。路地は薄暗く、石畳は冷たく、ホテルの部屋はかび臭く、人々はよそよそしく他人行儀。閉鎖寸前のホテル、病気のコック、自殺願望の強いレストランの支配人。衰退、病、死。人生のネガティブな面が、よりにもよってヒロインの周囲に充満している。そんな世界が、ヒロインの登場でどんどん姿を変えていく。ヒロイン自身も、世界の変化と共に大きく変化して行く。

 監督のシルヴィオ・ソルディーニも、ロザルバ役のリーチャ・マリェッタも、この映画が日本初登場。いつも憂鬱そうな顔をしているレストラン支配人フェルナンド役で、『ベルリン・天使の詩』や『永遠と一日』のブルーノ・ガンツが出演している。物語の中心はロザルバが専業主婦という殻を脱ぎ捨てて、新たな人生を見つける姿。フェルナンドとのロマンスという要素もあるけれど、彼はロマンスの相手というより素晴らしい隣人という要素が強い。むしろいつも自殺を考えていた彼が、ロザルバとの出会いで新たに生きる意欲を見いだすという変化の方が大きいと思う。そんなフェルナンドも、ロザルバの周囲にいる何人かの主要人物の中のひとり。花屋のアナーキストじいさんフェルモ。ロザルバやフェルナンドと同じアパートに住む、気のいいエステティシャンのグラツィア。探偵小説マニアという趣味が買われて、ロザルバの夫から妻の行方探しを命じられた素人探偵コスタンティーノ。こうした面白いキャラクターが大勢登場するところが、この映画の一番の魅力だと思う。ロザルバを変えたのはベニスではない。そこに暮らす人々との交流が、ロザルバを大きく変えていくのだ。

 ベニスを旅行者が集まる観光地としてではなく、そこに暮らす人々の視点から描いている点が面白い。しかもそのほとんどが、街の外からやってきた人たち。ロザルバの住まいはペスカーラ。フェルナンドはアイスランド出身。古くからの住人は花屋のフェルモぐらいか。でもこの老革命家も、ひょっとしたら余所からの流れ者かもしれない。そんなわけで街の風景と人々の暮らしの間に少し距離を感じるのだが、それがこの映画の魅力だ。

(原題:Pane e Tulipani)

2000年12月末 シャンテ・シネにて公開予定
提供:グルーヴコーポレーション 配給:ギャガ・コミュニケーション 宣伝」リベロ、DMLフィルムズ


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