アンチェイン

2000/12/08 映画美学校試写室
四角いリングに青春を賭けた男たちのドラマチック人生。
第2の人生を踏み出す男たちへの応援歌。by K. Hattori


 人間は生まれながらに平等で、努力さえすればそれなりの成果が出せるなんて大嘘だ。それはプロスポーツの世界が証明している。この映画に登場する数人のボクサーたちは、10代の頃からボクシングを始め、切磋琢磨しながらプロのリングに上がった。プロボクサーを目指す若者は多い。中には実際にプロになる者もいる。だがプロのリングで勝ち残っていくのは、ほんの一握りの選手だけなのだ。残りの選手はほんの数年で数試合を戦い、能力と体力の限界に達してリングを降りていく。ボクサーの強さは、才能と努力と運のかけ算だ。持って生まれた才能がまったく互角なら、努力した方が強くなる。でもどんなに努力しても、埋めきれない才能の違いがある。才能と努力があっても、運のなさに泣く者も多い。

 『ポルノスター』の豊田利晃監督が、4人の若いボクサーたちの夢と友情と挫折と第2の人生を描くドキュメンタリー映画。タイトルの『アンチェイン』は、アンチェイン梶というボクサーの名前からとられている。'69年生まれ。19歳でプロボクサーとしてリングに上り、7戦目に眼球の滑車神経麻痺で引退。プロとしての戦績は6敗1分け。ついに1度も勝てないボクサー生活だった。映画には彼の友人だった3人のボクサーが登場する。3人とも'70年生まれ。だが、プロボクサーの永石磨は27歳で引退。シュートボクサーの西林誠一郎は28歳で活動中止。映画製作段階で現役最後のひとりだったキックボクサーのガルーダ・テツも、この12月9日に宿敵・小野瀬邦英との5度目の戦いを最後に引退する。誰しもが最初は世界チャンピオンを夢見てリングに上る。だがその夢を実現した者は誰もいない。

 人生でもっとも多感で光り輝いている10代後半から20代前半にかけての青春期を、四角いリングの上での殴り合いに費やした男たち。世の中の同世代の男たちが気ままな学生時代を謳歌しているときにジムで汗を流し、学校を出た同世代の男たちが何となく人生の終わりまで見たつもりになっている頃に、才能と能力の限界を我が身で感じてリングを去る人生。格闘技の世界は何でもそうなのだろうが、なんとも壮絶なものだとつくづく思う。

 映画はアンチェイン梶の破れかぶれ人生(引退後に精神を病んで入院するが現在は退院して社会復帰)を中心に、栄光を夢見た若者たちの輝きと挫折を描いていく。負け続け人生の中で、名もなく消えていく青春時代への鎮魂歌。あるいは決別の歌だろうか。現役生活を続けているガルーダ・テツ(今日で引退)には失礼な話だが、彼もまたこの映画の中では「負け続け人生」のひとりとして描かれている。だがここには、「負け組の美学」のようなものが感じられてむしろ清々しいのだ。「やれるだけのことはすべてやった。これ以上はもう絶対に無理だ」と言い切れる人が、世の中にどれだけいるだろうか。ほとんどの人間は「俺だってやる気になれば」とか「運さえ良ければ」と自分をごまかしながら生きている。でもこの映画に登場する人たちには、そんな欺瞞がない。

2001年陽春公開予定 テアトル新宿、テアトル梅田
配給:リトル・モア


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