もういちど

2001/01/11 メディアボックス試写室
70歳の老婆のもとに届いた初恋の人からの手紙。
じつにきれいなラブストーリーです。by K. Hattori


 もうじき70歳になろうとしているクレアのもとに、ある日1通の手紙が届く。差出人のアンドレアスは、彼女の初恋の相手だった。若い頃に激しく愛し合った彼との仲は、彼の父親の無理解によって引き裂かれ、やがてふたりはそれぞれ別の相手と結婚して家庭を持って50年近くも連絡が途絶えていた。「もう一度会いたい」というアンドレアスと再会するために、最後に別れた思い出の駅に降り立ったクレア。駅で待つアンドレアスもすっかり老人になっているが、ふたりは見つめ合う互いの瞳の中に、仲睦まじかった50年前の自分たちの姿を見る。近況を報告するための1度きりの再会のつもりだったが、この再会でふたりの気持ちは再び50年前に引き戻される。激しい恋に結びつけられたふたりは、今度こそこの愛を貫こうと決意するのだが……。

 初恋の人に出会って恋が再燃するというありがちなストーリーだが、主人公たちがよぼよぼの老人たちだから、そこに老人ならではの葛藤やドラマが生まれる。互いに分別もある。家族もある。クレアには長年連れ添ってきた夫もいるし、彼はクレアのことを愛している。クレアがアンドレアスのもとに行ってしまえば、彼女の夫はどうすればいいの? まぁ普通に考えれば、たとえ初恋の人が目の前に現れようと、たとえどんなに彼のことを愛していようと、生活の一切を壊してまで愛を貫こうなどとは考えないだろう。でもうした思慮が働くのも、結局は「後先のことを考えて」のことなのだ。

 クレアは「あと30年若ければ離婚してアンドレアスと結婚する」と断言する。確かにそうだろう。30年あれば、それまでに築いた生活をご破算にした後、新しい生活をゼロから築いていける。ではクレアが10年前にアンドレアスと再会していたらどうだったか? その場合クレアはアンドレアスとの関係を断ち切って、夫や家族と静かな余生を送ることを選んだかもしれない。30年にしろ10年にしろ、それだけの未来が目の前にあれば、人間はそこでこれからの人生について何かしらの“選択”を強いられる。その選択の結果について、責任も求められる。でもクレアはもう70歳なのだ。今ここで何かを選択したからと言って、30年後の未来がどうなるわけでもない。10年先どころか、5年後も、1年後も、自分がどうなっているかわからない。クレアとアンドレアスにある時間は、今その時だけ。今この時を幸福に生きることだけが、クレアにとってのすべてだ。だからクレアもアンドレアスも迷わない。今その時の関係を大切にするため、どんな犠牲を払っても恐くない。

 クレア役のジュリア・ブレイクがじつに素敵。夜中に泣きながらアンドレアスの家を訪ねる場面なんて、じつにいいと思う。アンドレアス役のチャールズ・ティングウェル、クレアの夫ジョン役のテリー・ノリスもいい感じだ。ポール・コックス監督は老人の愛や性というデリケートな素材を、じつに丁寧に優しく取り扱っている。観終わった後、じつに爽やかな気分になる映画でした。

(原題:Innocence)

2001年3月公開予定 シネスイッチ銀座
配給:コムストック


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