アカシアの道

2001/02/15 映画美学校試写室
小さなアパートの中で急激に煮詰まっていく母娘の葛藤。
松岡錠司監督による壮絶なホームドラマ。by K. Hattori


 近藤ようこの同名コミックを原作に、松岡錠司が脚本・監督したホームドラマ。アルツハイマー症で急速にぼけ始めた母親を一人娘が介護するという話なので、それだけ聞くとなにやら説教調の「福祉関係映画」という枠組みで捉えられてしまいそうだ。僕は原作を読んでいなかったので、試写状をながめながら『ちぎれ雲・いつか老人介護』や『老親』といったここ何年かに作られた老人介護系の映画を連想してしまった。しかし実際の映画の印象は大きく異なる。この映画で描かれているのは、長年別れて暮らしていた母と娘の愛憎と葛藤だ。高圧的な母親との生活に疲れ果て、大学入学と同時に家を出た娘。彼女は親戚から母親の様子が少し変だと聞いて、何年も連絡さえ取らずにいた母親と再び同居を始める。そこでは再び母親と娘のぶつかり合いが始まる。ただでさえ我が強く娘にあたることの多かった母親は、ボケはじめたことでさらに当たり散らし方が理不尽で不条理なものになっているのだ。誰にも助けを求めることができず、母娘関係は小さなアパートの一室でグツグツと煮詰まっていく。娘はどんどん精神的に追い詰められていく。

 この映画に描かれている母親と娘の葛藤は、母親のボケが始まる前から存在したものなのだ。娘はその葛藤から逃れるために、何年も前に家を出ている。家を出ることでしか、彼女はその葛藤の重圧から逃れられなかったのだろう。しかし母親がボケ始めたことで、彼女は再び地獄のような葛藤の日々に戻らざるを得なくなる。仕事も在宅勤務に変えて、母に付ききりの毎日。母親は病気の影響か、以前にも増して感情の振幅が大きくなっている。相手が病人だと知っている娘は、それに面と向かって反論もできない。母親の毒のある言葉をただ聞くしかない。外聞もあれば本人のプライドもあるので、周囲には母親がアルツハイマーだとも言いにくい。母ひとり娘ひとりの小さな家の中では、一切のもめ事や問題を娘がひとりで抱え込まなければならなくなってしまう。

 母親の介護という現実から、どうしても逃れられない苦しさ。周囲の人々がまったく手を貸してくれないわけでもないのだが、介護に明け暮れる娘はどんどん周囲から孤立していくような気持ちになる。このあたりは、エピソードの組立がじつに上手い。介護の必要な母親をひとり部屋に残し、主人公が恋人と旅行に出かけてしまうエピソードにはハラハラするが、それでもこんな彼女の行動に同情しない観客はいないだろう。これで事故でもあれば「薄情な娘」としてワイドショーねたになりそうだが、彼女はそのリスクを犯してでも母親から一時でも離れたいのだ。そうしないと、彼女自身がおかしくなってしまう。このあたりは、観ていて身につまされた。

 母親を演じたのは渡辺美佐子。ひたすら嫌味なばあさんを憎たらしく演じていて、じつに上手いものだと思った。夏川結衣はがんばっていたけれど、渡辺美佐子と比較しちゃうとちょっと気の毒だろうなぁ……。なんにせよ、なかなか見ごたえのある映画でした。

2001年3月17日公開予定 ユーロスペース、吉祥寺バウスシアター
配給:ユーロスペース 宣伝・問い合わせ:ミラクルヴォイス


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