トラフィック

2001/03/16 日本ヘラルド映画試写室
アメリカ麻薬戦争の全体像を正面から描く骨太の社会派作品。
細心さと大胆さを兼ね備えた傑作。すごいぞ。by K. Hattori


 アメリカ社会を土台から揺るがしている麻薬戦争の実態を、麻薬の輸出側、麻薬の流通業者、麻薬を取り締まる側、麻薬の消費者という複数の立場から描く、骨太の社会派サスペンス映画。登場人物が膨大な数に上り、盛り込まれているエピソードも相当な分量。それを緻密な脚本に仕上げ、2時間半の映画にまとめ上げているのは見事。もともとは'80年代後半にイギリスで放送されたテレビのミニシリーズだそうだが、映画は現代アメリカの物語になっているので、原作となったミニシリーズから引き継いだ部分はあまりないのではなかろうか。脚本を書いたスティーブン・ギャガンは、本作でアカデミー賞の「脚色賞」にノミネートされているが、シンシナティ、サンディエゴ、ティファナなどで同時進行する複数のエピソードをばらばらにほぐし、相互に微妙にからませながら縒り縄式に太い物語を構築していく力業には脱帽してしまう。この話を下手くそなライターがシナリオにしたら、全部で4時間ぐらいの話になるだろうに。

 監督は本作と『エリン・ブロコビッチ』の2作品で本年度のアカデミー監督賞にノミネートされているスティーブン・ソダーバーグ。彼はこの映画で撮影監督も兼任し(ピーター・アンドリュースはソダーバーグの偽名)、手持ちカメラを多用し、場所やキャラクターによって色調や画質を変えるというかなり大胆なスタイルでこの映画をまとめ上げた。特に色使いには驚く。メキシコは赤系統でコントラストの強いざらついた画像。サンディエゴは黄色っぽい温かみのある色調。シンシナティは冷たくさめた青い色で全体をコーディネート。3つの場面を「赤」「黄」「青」の三原色で塗り分けようという単純かつ大胆なアイデアですが、こんなもの考えついても普通は実行しないと思う。こんなもの下手したら、全体の印象がばらばらに分裂してしまう。

 事実この映画の中でも画像のタッチだけ見れば、ティファナの場面とシンシナティの場面はまったく別の映画のようです。しかしこうした分裂も、シンシナティで暮らす上流階級の人々と、ティファナで暮らすメキシコ人たちの生活環境にまったく接点がなく、ただ「麻薬の流通」でのみ両者が関わりを持っているというこの映画のテーマを端的に表すことに一役買っています。

 タイトルの『トラフィック』は、「運送・輸送」「売買・取引」「不正取引」「交渉・関係」といった意味を持つ言葉。この映画には麻薬を巡るこれらの事柄が、すべて詰め込まれている。麻薬はアメリカの刑事ドラマでは定番の「ご禁制の品」だし、麻薬取引を刑事たちが阻止するという映画など無数に存在する。しかし麻薬の「流通」そのものを真正面から描こうとした映画は珍しい。麻薬そのものや取引現場は目に見えても、「流通」というシステムは直接目に届かないからです。しかしこの映画は普段目に見えない流通システムそのものを、ドラマの中から見事にあぶり出していく。これは今年を代表するアメリカ映画の1本になるでしょう。

(原題:Traffic)

2001年4月28日公開予定 丸の内ピカデリー1他 全国松竹東急系
配給:日本ヘラルド映画
ホームページ:http://www.trafficmovie.net


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