リリイ・シュシュのすべて

2001/06/29 日本ヘラルド映画試写室
岩井俊二監督待望の新作は『スワロウテイル』以上の問題作。
好き嫌いは分かれるだろう。僕は大嫌い。by K. Hattori

 '96年に『スワロウテイル』を大ヒットさせて“日本映画の救世主”と呼ばれたものの、その後は小品『四月物語』を撮ったきり沈黙状態が続いていた岩井俊二監督の最新作。'99年にDVD「少年たちは花火を横から見たかった」を監督し、昨年は庵野秀明監督の映画『式日』に主演した岩井監督だったが、今回の映画は久しぶりに岩井節全開の大作になっている。上映時間は2時間26分。タイトルになっている“リリイ・シュシュ”というのは、この映画のために作られた架空の歌手の名前。この映画はリリイのファンである男子中学生を主人公に、繊細で残酷な思春期の心理を描き出した作品だ。

 音楽プロデューサーの小林武史と共同で架空の歌手をでっち上げるという手法は、『スワロウテイル』でふたりが“YEN TOWN BAND”という架空のロックバンドをでっち上げたことの二番煎じのように感じる人がいるかもしれない。ふたつの映画は、他にも共通点がたくさんある。『スワロウテイル』には紙幣を偽造する子供たちの姿が登場して話題になったが、『リリイ・シュシュのすべて』には万引きやイジメ、暴力事件その他、多くの犯罪に手を染める中学生たちが登場する。何事もなく機能しているかに見える日本社会から、巧妙に疎外されている主人公たち。不法滞在の外国人と中学生という違いはあれ、『スワロウテイル』も『リリイ・シュシュのすべて』もアウトサイダーを主役にしているという意味ではまったく同じ。まるで双子のような映画だ。

 まるで新興宗教の教祖と信者を思わせる、カリスマ的な人気を持つ女性歌手リリイ。大人たちの目の届かないところで醸成される少年たちの犯罪。インターネットのホームページや掲示板の中で、大量に飛び交う優しさに満ちた言葉の数々。互いに直接の接点を持つことのないこの3つのモチーフが、この映画を形作る背骨になっている。現代社会を切り取ってくる視線のユニークさと鋭さは素晴らしい。社会を見つめる視線や、映画作りの着眼点という、岩井俊二監督のプロデューサー的な視点を僕は大いに評価してもいい。でもこの映画は、素材をただ並べてきれいに化粧箱に詰めただけで、作品としては出来損ないだと思う。なぜこの程度の話を、せめて1時間50分の映画にできないのだろうか?

 映画の中には印象に残る素晴らしいシーンが多い。岩井俊二監督の絵と音に対するセンスは、日本映画界の中で他に類を見ないほどすぐれている。でも僕はこの映画の登場人物を、誰ひとりとして好きになれなかったし共感もしなかった。それはひょっとしたら、この映画の作り手も同じなのではないだろうか。もっぱら「絵」を魅力的に見せることに専念して、登場する人間たちを魅力的に見せることは二の次になっていないか。この映画は登場人物たちの心理的な動揺や葛藤を、丁寧に解剖して見せる。でもそれは理科の教科書の口絵にあるカエルの解剖図解のようなもの。そこに血は通っていない。痛みを感じさせることもない。そんな映画、面白くないよ。

2001年今秋公開予定 シネマライズ、シネスイッチ銀座
配給:ロックウェルアイズ 配給協力:日本ヘラルド映画 宣伝:楽舎

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