青い夢の女

2001/08/08 メディアボックス試写室
精神分析医の仕事中の居眠りがとんでもない事件を生む。
ヒッチコックの犯罪コメディを思わせる快作。by K. Hattori

 今年のフランス映画祭では『モータル・トランスファー』という原題のまま上映された、ジャン=ジャック・ベネックス監督の最新作。ジャン=ユーグ・アングラート扮する精神科医ミッシェル・デュランは、最近彼の診療室に通っている若い人妻オルガに深い関心を持っていた。夫に暴力を受けているという彼女には盗癖と嗜虐癖があり、診療室では暴力の官能的な魅力について語り続ける。微細に語られるその赤裸々なセックス描写を聞いている内に、ミッシェルはいつも強烈な睡魔に襲われ、いつしか眠りこけてしまうのだ。ある日いつものようにオルガの話を聞きながら寝込んでしまったミッシェルが目覚めたとき、目の前のカウチではオルガが首を絞められて殺されていた。すぐに警察に届けようと考えたミッシェルだったが、目の前で人が殺されたのにそれに気づかず寝ていたなんて警察は信じるだろうか? そんな一瞬のためらいの間に次の患者がやってくる。ミッシェルはとっさにオルガの遺体をカウチの下に隠し、何食わぬ顔で患者を診療室に迎え入れるのだが……。

 誰がオルガの死を発端に、主人公ミッシェルの精神バランスは大きく崩れていく。消えた700万フラン。オルガの夫の死。主人公に付きまとうホームレス。路上に放置されたオルガのポルシェとフロントガラスの反則切符。ミッシェルの少年時代の思い出。恋人に事情を説明できないジレンマ。平凡な男が突然思いもかけない事件に巻き込まれ、そこからこの世界の裏側を覗き見てしまうというサスペンス映画定番の筋立てだが、これがじつにコミカルに描かれていて僕は何度も声を上げて笑ってしまった。映画中盤までの最大課題は、オルガの死体をどう隠すかという問題。人が来るたびに死体と格闘するミッシェルの姿は、ヒッチコックの『ハリーの災難』や『フレンジー』を連想させる。死体を外に運び出すとき、たまたま通りかかった通行人がふたりとも「ワルキューレ」を口笛で吹いているというのもオカシイ。このドタバタは、映画の中でも一番笑える場面だと思う。

 ただし「死体の始末」というエピソードがあまりにも面白いため、「誰がオルガを殺したか」「誰がその夫を手にかけたか」「消えた金はどこに行ったのか」といった他の謎が弱くなってしまったことは否めない。消えた金の問題でミッシェルを脅迫していたオルガの夫もすぐ消えてしまうため、ミッシェルを身動きできない場所に追いつめていく外的な要素が失われてしまうのだ。「ひょっとしたら自分がオルガを殺したのか?」という疑惑をもう少し膨らませるとか、警察の捜査の手が回って彼がどんどん不利な状況に追い込まれていくとか、何かあとひとつかふたつ強調すべきエピソードが必要かも。

 オルガとエレーヌというふたりの女性の対比も、あまりうまく描かれていたとは思えない。でもこれはこれで楽しい映画なのだけれど。オルガを演じたエレーヌ・ド・フヘロールが印象的。やばいのについ手放せなくなってしまう女という設定に説得力がある。

(原題:MORTAL TRANSFER)

2001年今秋公開予定 シネ・アミューズ
配給:アミューズ・ピクチャーズ、ザナドゥー
(上映時間:2時間2分)

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