耳に残るは君の歌声

2001/09/14 松竹試写室
映画序盤から涙目モードに突入させられるサリー・ポッターの新作。
ポッターが愛するミュージカル映画へのオマージュ。by K. Hattori

 1927年。ロシアにある小さなユダヤ人の集落が襲撃され、幼い少女フィゲレは同郷の少年たちと共に馬車で村を脱出する。父親が出稼ぎに行ったアメリカへの渡航を願うフィゲレは少年たちを引き離されて、たったひとりイギリスの港にたどり着いた。イギリス人の家庭に引き取られたフィゲレは、名前をスーザン(スージー)に改められ、持っていた父親の写真を奪われ、言葉も通じない。学校では級友たちに「お前はジプシーだ」とからかわれる。スージーの心を慰めるのは、かつて父親と共に口ずさんだ故郷の歌だけだった。それから10年後。スージーはアメリカに渡るための足がかりとして、パリのミュージックホールでコーラスガールの職を得る。同僚のロシア人女性ローラと親友になり、彼女の口利きでオペラ座のエキストラに出演するようにもなる。平和でしかも刺激的な日々。ジプシーの青年チェーザーとの間に生まれた初めての恋。だが間もなくナチスがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まり、平和だったパリもあっと言う間にナチスの手に落ちてしまう。

 監督・脚本は『オルランド』『タンゴ・レッスン』のサリー・ポッター。僕は『タンゴ・レッスン』を観た時、ポッター監督のミュージカル指向に大いに共感したが、今回の映画は監督のミュージカル好きがさらに前面に押し出された作品になっている。この映画は特定の誰かをモデルにしたわけではないようだが、物語のあちこちに、19世紀末から20世紀初頭にロシアを逃れ、アメリカに渡った多くのユダヤ人たちの姿がオーバーラップしてくるのだ。20世紀初頭のブロードウェイや戦前のハリウッド映画は、ロシアや東欧から移民してきたユダヤ人によって作られたと言っても過言ではない。この映画はそうした人々を念頭に作られているのだと思う。また映画の中にはローラがアメリカのミュージカル映画を観るシーンが挿入されるし、映画終盤のエピソードもミュージカル映画の歴史を踏まえて作られたものだと思う。

 ヒロインのスージーを演じているのはクリスティーナ・リッチ。ジプシーの青年チェーザーを演じるのはジョニー・デップ。このふたりは『スリーピー・ホロウ』でも共演している。リッチは『バッファロー'66』や『I Love ペッカー』の頃にかなり太っていた印象があるのだが、この映画ではほっそり痩せてずいぶん印象が違っている。特徴的なギョロ目がより際だって、かなり個性的な顔立ちの美人女優になった。ローラを演じるのはケイト・ブランシェット。イタリア人のオペラ歌手ダンテを演じているのはジョン・タトゥーロ。ユダヤ人を演じることも多いタトゥーロにあえてユダヤ人を蔑視し迫害に加担する男を演じさせることで、人種差別の不条理さがよりひときわ鮮明になっていると思う。劇場主を演じたハリー・ディーン・スタントンもいい感じ。

 ロシアでのユダヤ人迫害(ポグロム)は知識としては知っていたが、それが映画の中で描かれるのは珍しい。ナチスのジプシー迫害も忘れられがちな歴史だ。

(原題:THE MAN WHO CRIED)

2001年12月公開予定 ル・シネマ、シャンテシネ
配給:アスミック・エース
(上映時間:1時間37分)

ホームページ:http://www.asmik-ace.co.jp/

Click here to visit our sponsor

ホームページ

ホームページへ