奇跡の歌

2002/01/21 シネカノン試写室
アーマンド・アサンテが元人気ドゥーワップ歌手を演じるホームドラマ。
物語の処理は弱いが音楽の場面は幸せいっぱい。by K. Hattori

 『ジャッジ・ドレッド』でシルベスター・スタローンの双子の兄を演じていたアーマンド・アサンテが、'98年に主演した音楽映画。アサンテが演じるのは、'60年代に人気ドゥーワップ・グループ“ヴィニー&ザ・ドリーマーズ”のリード・ボーカルとして活躍していたヴィンス・ピレリという男。かつては全米ナンバー1ヒットを何曲も生みだしていた人気アイドルの彼だが、今では友人(元“ドリーマーズ”のメンバー)のバンドで時折アルバイトのキーボード弾きをしている程度。音楽の世界からは足を洗って、もっぱらバーテンとして生活をやりくりしている。妻は十数年前に亡くなり、今は次男とふたり暮らし。長男は独立し、長女は難しい病気で入院中だ。ヴィンスは娘の担当看護婦であるジョアンと親しくなるが、なんと彼女は“ヴィニー&ザ・ドリーマーズ”の大ファンだったという。

 アサンテ以外にスター俳優が出演しているわけではない地味な映画だし、基本は主人公一家を中心とするホームドラマだ。監督・脚本はマーティン・デヴィッドソン。映画の中にはいろいろなドラマが盛り込まれているのだが、それがなかなか動き出さないうちに映画が終わってしまう。同じ設定からスタートするにしても、もう少し物語を膨らませることはできたはず。例えば音楽活動をしている主人公の次男がプロになるとか、主人公が音楽活動を再開してプロとして再デビューするとか、もう少しわかりやすいハッピーエンドもあり得ただろう。でもこの映画は、誰もが納得するわかりやすい結末を用意しない。主人公は再び歌を歌い始める。関係がギクシャクしていた息子との仲も修復する。かつての仲間たちと再会して和解する。新しい恋に出会って結婚するようだ。娘の病気も快方に向かう。映画の中には夢のような幸せやバラ色の人生が描かれるわけではなく、我々も日々の生活の中で味わえる小さくささやかな幸福が描かれる。この控えめな幸せの予感が、この映画のハッピーエンドにふさわしいと作り手は考えた。これに満足するかしないかは、観客の気持ち次第だと思うけど……。僕は正直言うと、ちょっと物足りないような気がする。

 歌わなかった主人公が歌を取り戻すまでを描く、映画の前半が滅法面白い。深夜のファミレスで突然アカペラのハーモニーが生まれる奇跡のような一瞬。誕生パーティーでピアノの回りにかつてのメンバーが集まり、往年のヒットナンバーを次々にメドレーしていく場面の幸福感と高揚感。これが映画のラストまでキープできれば、この映画は音楽映画の佳作になっただろうに。

 楽しく幸せいっぱいの前半に対して、主人公たちがグループを解散した理由や、それによって主人公が心に負った傷の問題に踏み込んでいく後半はちょっと弱い。ここが弱いから、映画のラストで主人公が自分の人生を振り返る曲を歌う場面の感動も薄くなる。カジノで元メンバーたちが諍いを起こす場面に、もっと粘りが欲しかった。ここがこの映画のキーポイントだろう。

(原題:LOOKING FOR AN ECHO)

2002年春公開予定 シネ・ラ・セット(レイト)
配給:M3エンタテインメント 宣伝:スキップ

(上映時間:1時間38分)

ホームページ:http://www.m3e.co.jp/kiseki.movie/

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