記憶の森

2002/06/04 東京日仏学院エスパスイマージュ
記憶を失っていく女と記憶を取り戻していく男が愛し合う。
少しおかしくて、とても切ないラブストーリー。by K. Hattori

 オープニングのテーマ曲はチャップリンの映画『モダンタイムス』の主題歌「ティティーナ」。サイレント映画一筋だったチャップリンが初めて映画の中で声を発したこの歌は、歌詞が何語でもないまったくのデタラメ。すべての国の人に同じように面白がってもらえる歌であると同時に、あらゆる人にとってまったくチンプンカンプンで理解できない歌でもある。英語題は「Nonsense Song」。なぜこの軽快でユーモラスな曲が映画の冒頭にあるかというと、それはこの「デタラメな歌詞」が映画のラストシーンへの複線になっているのでしょう。

 姉に付き添われて郊外の精神病院を訪れたクレール。森の中で雷に打たれたショックで記憶障害を起こしているというのだが、じつは彼女自身の本当の心配は、自分が母親と同じアルツハイマー病になっているのではないかということだった。「32歳でアルツハイマーなどまずあり得ない」と医者は言うのだが、クレールの記憶障害はあまり改善しない。やがて彼女は、入院中の男性患者フィリップと親しくなる。交通事故で目の前で妻子を亡くした彼は、そのショックからやはり記憶障害になっていたのだ。自分の過去がまったく思い出せないフィリップと、少しずつ自分の過去を失っていくクレールは互いに惹かれ合い、やがて愛し合うようになる。だがフィリップが少しずつ記憶を取り戻していくのと反対に、クレールの病状はますます悪化していくのだった……。

 映画前半は精神病院に集う奇妙な人々の姿を、ユーモアタップリに描いたコメディ調の演出。映画後半でクレールとフィリップが新生活を始めたあたりから、映画は一転して悲愴なラブストーリーになる。蘇ってくる血まみれの記憶に怯え、夜ごとにうなされてベッドから飛び起きるフィリップを、優しく抱きしめるクレール。だが彼女の記憶は少しずつ確実に失われて行き、それが彼女の人格そのものを大きく変質させていく。フィリップは何とかして彼女を守ろうとするのだが、病気の進行を押しとどめることはできない。クレールも自分の記憶が失われていくことを恐れてパニックを起こす。それをしっかりと抱き留めて「いつまでも離れない」と誓うフィリップ。だがクレールの病気は物忘れのレベルからさらに進行し、生活の中から言葉そのものが失われていく。失われた言葉を埋め合わせるように、新しい言葉を次々に作り出すクレール。やがてふたりの間では、言葉による意思疎通すらできなくなってしまう。(ここで映画冒頭の「ティティーナ」が生きてくる。)

 女優ザブー・ブライトマンの監督デビュー作で、ヒロインのクレールを演じるのはイザベル・カレ、フィリップ役はベルナール・カンパン。カレはこれまでにも何本かの出演作が日本に紹介されているが(例えば『視線のエロス』や『クリクリのいた夏』)、今回のクレール役ほど強い印象を残した作品はなかったように思う。障害を抱えながらもけなげに「愛の生活」を守ろうとするヒロインの姿に、思わず涙ぐんでしまうことしばし。

(原題:Se souvenir des belles choses)

2002年6月19日上映 フランス映画祭横浜2002
日本配給:未定

(2001年|1時間50分|フランス)

ホームページ:http://www.unifrance.jp/yokohama/

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