記憶のはばたき

2002/07/15 メディアボックス試写室
ガイ・ピアース主演のミステリアスなラブストーリー。
ひとりの女との出会いが主人公を救う。by K. Hattori

 少年時代に幼馴染みの少女シルヴィを失ったサムは、死んだ父を埋葬するため故郷の町に戻る。彼がそこで出会ったのは、シルヴィの面影を連想させるルビーという女性だった。言葉遊び、エリオットの詩、催眠術の中でよみがえる死の記憶……。ルビーは一体何者なのか? シルヴィとルビーの関係は? 主人公サム・フランクスを演じるのはガイ・ピアース。謎めいた女ルビーを演じているのはヘレナ・ボナム・カーター。監督・脚本のマイケル・ペトロー二はこれがデビュー作だが、脚本の中には彼自身が心理学を学んだ経験が織り込まれているという。現在彼は有望な脚本家としてハリウッドで活躍中だ。

 いったいルビーとは何者なのか? 彼女と出会ったサムの身の上に、いったい何が起きたのか? それを読み解く手がかりは、映画の中にいくつもちりばめられている。主人公のサムは突然目の前から消えてしまった少女の記憶を封印し、町を去ってからは長らくそこに足を踏み入れようとしない。少女が行方不明になった日、父親に拒絶されたという思いが、彼と父親の間を疎遠なものにしているのかもしれない。川で女性の死体が見つかったという新聞記事。シルヴィが川で行方不明になり、ルビーが川で救出されるという連鎖。ルビーの記憶障害。他の町民から切り離された、ルビーとサムの孤立した関係。

 ルビーの存在は、封印していたシルヴィの記憶をサムの心の奥深くから掘り起こす。罪の意識にとらえられていたサムは、ルビーを通して自らの記憶を解放し、心の重荷から逃れることができるのだ。ルビーは現実の女ではあり得ない。それはサムの心が生み出した幻影、もしくはシルヴィの亡霊かもしれない。

 ただしこの映画ではルビーの存在があまりにも生々しいため、映画の最後の最後までルビーが現実の女性のように見えてしまう。これが結構悩ましいのだ。サムにとってルビーは紛れもない現実の女性であり、だからこそ「彼女は何者か?」という疑問もわいてくる。ルビーの存在感が希薄だと、この映画中盤までのミステリーに力強さはなくなってしまう。だがサムもどこかで、ルビーが何者なのかという正体に気づいたはずなのだ。サムの疑問は頂点に達し、そこから一気に氷解していく。そのきっかけは文字盤の玩具で戯れに文字を並べ替えてみたときかもしれないし、その後のどこかでひらめきは確信に変わったのかもしれない。しかしそうしたサムの心境変化が、映画の中から伝わってくるようには思えない。そのためサムの心が解放されたようにも見えてこない。

 サムとルビーの関係性は、還元してしまえば「サムの心象風景」ということになるだろう。サムの一人称の世界。サムの視点からだけ、外部を見ている世界。ところがこの映画ではふたりを包むオーストラリアの風景がかなり強烈な個性を発揮していて、そこに「第三者の視点」が生じてしまったようにも思う。

(原題:Till Human Voices Wake Us)

2002年9月公開予定 日比谷スカラ座2
配給:ギャガ・コミュニケーションズ 宣伝:LIBERO
(2001年|1時間41分|オーストラリア)

ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/

Amazon.co.jp アソシエイトDVD:記憶のはばたき
関連書籍:T.S.エリオット
関連DVD:ガイ・ピアース
関連DVD:ヘレナ・ボナム・カーター

Click here to visit our sponsor

ホームページ

ホームページへ