グレースと公爵

2002/09/24 アミューズピクチャーズ試写室
フランス革命がテロに向かう混乱と狂気の時代をロメールが描く。
原作は本作の主人公グレース・エリオットの書いた手記。by K. Hattori

 1989年から'99年までの10年間、フランスは革命の混乱の中にあった。自由・平等・友愛をスローガンにしたこの革命によって多くの人名が失われたが、そのほとんどが革命が生み出した集団ヒステリー状態の中で虐殺された罪もない人たちだったようだ。もちろん革命推進派からすれば処刑という名の虐殺にもなにがしかの大義名分や意義もあるのだろうが、少なく見積もっても数万人以上が犠牲になったというのだから恐れ入る。特に'91年6月に国王一家のヴァレンヌ逃亡事件が起きてからは、革命の熱狂に正当化された暴力がまかり通る、混乱と狂気の時代がやってくる。

 この映画は'90年のバスティーユ襲撃1周年から始まり、悪名高いジャコバン党ロベスピエールの恐怖政治時代までを描いた歴史ドラマだ。物語の主人公は、イギリス人のグレース・エリオットという実在の人物。映画は彼女自身の書いた回想録が原作だ。彼女はフランス革命を、外国人の国王支持者という立場で眺めている。そして同時に彼女は、フランス革命の中のキーパーソンのひとり、オルレアン公爵の親しい友人(元愛人)として、革命急進派の動向をつぶさに見ることもできる立場にあった。革命史の中では脇役でしかないひとりの女性も、彼女自身を支点にしたコンパスが描く同心円の中では、堂々とした物語の主役になり得る。この映画はグレースを主役にすることで、フランス革命を語るさい置き去りにされがちな流血の惨劇と狂気を描き出す。

 監督はエリック・ロメール。この映画は絵画風の背景の中に、登場人物たちをデジタル合成するという特殊な方法で、18世紀のパリと近郊の風景をスクリーンの中に再現している。ここに登場する風景は、当然のように通常のリアリズムからは程遠い。書き割りの中で本物の衣装を着た俳優が動き回る、舞台劇のような空間処理だ。こうした手法を使うことで、いったい何が起きるのか? 背景となる18世紀のパリが画面から消えることで、この映画は物語の中を生きる登場人物だけの世界となる。革命の混乱の中で恐怖に震えながら暮らす人々の生活が、200年の時を越えて画面から手前飛び出してくる。

 去年から今年にかけて「テロリズム」という言葉が世界政治のキーワードになった。じつはこの「テロリズム」という言葉は、フランス革命の中で生まれたのだ。この映画は革命の理想がテロル(恐怖政治)に突入していくまさにその時期を、テロの犠牲になった者の立場から描いている。ロメールがこの映画を企画したのは10年も前のことだというが、結果としてこの映画は「大型テロの時代」となった21世紀に、「テロの原点」を提示する作品となった。

 テロの裏側には常に高い理想と正義がある。この映画では粘着質のサディストのように描かれるロベスピエールだが、彼が清廉潔白な正義感であったこともまた歴史の事実。正義とテロは矛盾しないのだ。

(原題:L'ANGLAISE & LE DUC)

2003年正月公開 シャンテシネ
配給:プレノンアッシュ 宣伝・問い合せ:ムヴィオラ
(2001年|2時間9分|フランス)

ホームページ:http://www.prenomh.com/

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原作:グレースと公爵(グレース・エリオット)
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