手紙

2002/10/03 映画美学校第2試写室
古谷一行が真面目な郵便配達を演じるヒューマンドラマ。
Eメールの存在を無視して手紙を礼賛されてもなぁ。by K. Hattori

 金沢の小さな町(二俣町)を舞台にした、郵便局員版『喜びも悲しみも幾年月』。物語の中心は、町にある小さな特定郵便局。主人公の大森恒一は町で代々郵便局長を務めてきた大森一族の5代目にあたるが、引退した父の後継を事故で脚が不自由になった妹に譲り、自分は中央局に勤務しながら生まれ故郷である小さな町の一軒一軒に毎日手紙を届けている。独居老人が多い山間の町では、毎日地域を巡回する郵便配達員が地域の連絡役。手紙を届けるだけでなく、老人たちに頼まれれば買物やお使いを引き受けるなど、駐在所の巡査や消防団などと同じ地域のキーマンなのだ。恒一は郵便配達の仕事に誇りを持っている。一見地味に見えるその仕事こそが、自分の天職だと思っている。だがそんな彼に、ある日思いもかけない危機が訪れるのだった……。

 製作・主演は古谷一行。妻の早穂子に風吹ジュン。父親役に小林桂樹。その他、長門裕之、菅井きん、辰巳琢郎、矢崎滋、川上麻衣子、斉藤洋介など、芸達者なベテランと中堅俳優たちがぞろぞろ。さらにカメオ出演しているゲスト出演者の顔ぶれも豪華だ。主人公の息子役で、フォークシンガーのイルカの息子、神部冬馬が映画デビューしているのも話題になるかもしれない。彼はこの映画で自作の曲を歌っている。監督は日活出身のベテラン松尾昭典。

 映画はタイトルにもあるとおり、昔ながらの手紙が仲立ちする人と人との絆や、1通の手紙から生まれ育まれる心のぬくもりや慰めを、ヒューマンなタッチで描いていく良心的な作品だ。手紙という物理的な伝達手段を通して、人間の心と心の結びつきを描こうとしている。その手紙を人々の手に届けるために、ひたすら黙々と働き続ける郵便局員の主人公……。この映画が20年前や30年前の作品なら、僕は「いい話だなぁ」と素直に感動もしただろう。だが今この時代に作られる映画として、この話はだいぶ嘘がありはしないか?

 そもそも現在郵便局が配達している手紙やハガキの多くは、企業が宣伝用に発想しているダイレクトメールになっている。あるいは役所からの諸通知、電気・ガス・電話などの請求書や領収書も多い。これらは受取人の手元に届くや、一瞥されただけで即座にゴミ箱に直行する。DMに至っては、封も切らずに捨てられてしまうことだってある。郵便配達が運んでいる荷物の大半は、今やゴミクズと化しているのが現実なのだ。しかしこの映画の中には、そうしたDMや通知類は一切登場しない。

 またこの映画には、携帯電話は登場しても携帯メールを含めたEメールは一切登場しない。こうして手紙の現実的なポジションを無視したまま、「手紙はいいよねぇ」と言っているのがこの映画なのだ。これは大きな欺瞞だと僕は思う。DMの氾濫やEメールの普及という現実をまず踏まえた上で、それでもなお手紙に残る魅力や威力とはいったい何なのかを考えてほしかった。

2003年陽春より公開予定 全国ロードショー
配給・宣伝:(株)ビジュアルアート研究所
(2002年|1時間46分|日本)

ホームページ:http://www.eigajintachi.com/

Amazon.co.jp アソシエイトDVD:手紙
挿入曲:Lily of da valley (Dragon Ash)
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