さゞなみ

2002/11/08 映画美学校第2試写室
唯野未歩子が松坂慶子や豊川悦司に一歩も引かない好演。
1通の手紙が人々の心にさざなみを引き起こす。by K. Hattori

 温泉の水質検査技師をしている夏井稲子は、山奥の温泉場で源泉探しをしている玉水という中年男に出会う。玉水は事業に失敗して破産し妻に逃げられた男やもめで、普段は小学生の息子と安アパートでひとり暮らしをしている。だが稲子はそんな玉水に、いつしか心引かれていく。時を同じくして、稲子が子どもの頃に死んだはずの父が、ブラジルで危篤状態だという知らせが親戚宅に届く。稲子はそれを知らないが、叔父夫婦や母の様子から、それとなく異変を感じ取っている。稲子は玉水の中に、父の面影を見ているのだろうか……。

 主演は唯野未歩子。稲子の母・澄江を演じるのは松坂慶子。玉水を演じているのは豊川悦司だ。監督・脚本・編集は『東京の休日』『鉄塔武蔵野線』の長尾直樹。平凡な日常の中に放り込まれた「死んだはずの父から届いた手紙」が、人々の生活の中に静かな波紋を広げていく。

 物語の中では、ただ手紙が1通、電話が1本ブラジルから届くだけだ。それに対して稲子の母も親戚たちも、具体的には何のリアクションもとらない。家族を残して行方をくらまし、死んだことになっている稲子の父だが、じつはもう長い間ブラジルで別の女性と暮らしている。だがそうした諸々のことは、もう10年以上も前に終ったことなのだ。みんな気持ちの整理は付いている。だがそれでも、手紙の存在が人々の気持ちをかき乱す。稲子の父が行方不明になって以来静止していた時間が、再びゆっくりと動き始める。

 映画では玉水を豊川悦司が演じているのだが、これはもう少し地味な俳優が演じてもいい役だったかもしれない。なぜ稲子が彼に惹かれるかといえば、それは彼女が玉水の中に父親の面影を求めているからに違いない。そうした心のあやが、豊川悦司という配役によって少しわかりにくいものになっている面もある。映画の前半は観客に「なんで稲子はこんな男がいいの?」と怪訝に思わせているくらいでちょうどいいのではないか。それがお見合いの席で稲子の父の話を出すことで、「ああ、なるほど」と腑に落ちるほうがいい。

 母親役の松坂慶子も貫禄がありすぎで、あまり生活感のようなものが感じられなかった。この役は松坂慶子をキャスティングした時点で、脚本上にもう少し生活のにじみ出るエピソードを加えた方がよかったと思う。母が営むカメラ屋や自宅内部には生活感がたっぷりなのだが、そこに松坂慶子が入り込むと彼女だけが少し浮き上がってしまう。

 もっとも豊川悦司にしろ松坂慶子にしろ、相手にする他の俳優がよすぎたのかもしれない。唯野未歩子、きたろう、天光眞弓、岸部一徳らのハマリ具合が素晴らしすぎる。特に唯野未歩子は、ヒロインが胸の内に秘める情熱を、具体的な動作ではなく「体温」のようなもので表現している。フィルムを通して、稲子の体のほてりが伝わってくるような演技でした。

2002年11月23日公開予定 東京都写真美術館ホール
配給:ザナドゥー
(2002年|1時間52分|日本)
ホームページ:http://www.sazanami.info/

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