戦場のピアニスト

2002/12/20 東宝第1試写室
ナチスのホロコーストを生き延びたユダヤ人ピアニストの実話。
映画の完成度は高い。見応え十分。感動もある。by K. Hattori

 1939年9月。ワルシャワはナチスドイツの前に陥落し、放送局でピアノ演奏の仕事をしていたウワディスワフ・シュピルマンは、翌年早々に家族と共に市内のユダヤ人居住区(ゲットー)に移り住んだ。不自由で屈辱的な生活ながら、かろうじて家族全員の安全が確保されていたのは2年半ほど。42年夏からはゲットーのユダヤ人が貨車で収容所に移送されはじめ、シュピルマン以外の家族は全員が収容所に送られてしまう。辛くも移送を免れた彼は、ゲットー内での強制労働に従事しながら脱出の機会をうかがうのだが……。

 ナチス占領下のポーランドで悪名高いホロコーストを生き延びたユダヤ人ピアニストの手記を、ロマン・ポランスキー監督が映画化。ワルシャワ・ゲットーに送り込まれたユダヤ人は50万人。ドイツ軍撤退後にワルシャワ市内で生き残っていたユダヤ人はわずかに20人だったというから、シュピルマンは2万5千分の1の確率で戦争を生き延びたことになる。ポランスキー監督自身もユダヤ人で、第二次大戦中はクラクフでゲットーに収容され、そこを脱出した後は各地を放浪しながら戦時下を生き延びた経験を持っているという。この映画にはそうした監督自身の戦争体験が、色濃く反映されているのだ。

 僕はこの映画を観て、ユダヤ人作家ウリ・オルレブの自伝的児童文学「壁のむこうの街」を映画化した『マイ・リトル・ガーデン』という作品を思い出した。ユダヤ人の移送がほぼ終った後で、無人となったゲットーに戻ってくるシーンなど、ふたつの映画はまるでうりふたつだ。だが全体を観ると、2作品の印象は大きく異なっている。『マイ・リトル・ガーデン』の主人公が最初から最後まで「無垢な少年」だったのに対し、『戦場のピアニスト』の主人公シュピルマンはどんどん薄汚れてくる。これは身体が薄汚れるということでもあるが、身体が汚れると同時に心までもが薄汚れてくるのだ。

 とにかく考えることは常に食べ物のことばかり。目の前で爆弾が炸裂しようが、銃撃戦が起きようが、人がバタバタと殺されようが、飢えた主人公はずっと食べ物のことばかり考える。そのさもしさ。そのあさましさ。音楽を愛し、家族や友人を愛し、祖国を愛していた主人公が、わずかばかりの食べ物を求めて目をギラギラさせる。だがこれこそが、この映画で描かれる戦争のリアリズムなのだ。戦争は人間を別の人格に変えてしまう。人間を動物並みの下等な生物へと貶める。だがシュピルマンはピアノ演奏によって、人間未満の下等な精神から、芸術の至高へと浮上するのだ。ドラマチックすぎる! これが実話とはすごすぎる! いや〜、事実は小説より奇なりです!

 カンヌ映画祭パルムドールの名に恥じない傑作。でもこの映画がこれほど評価されて大規模公開されるのに、『マイ・リトル・ガーデン』の扱いはあまりにもひどかったなぁと、僕はちょっとそれが悔しかったりする。

(原題:The Pianist)

2003年2月公開予定 日劇1他・全国東宝洋画系
配給:アミューズピクチャーズ
(2002年|2時間28分|ポーランド、フランス)
ホームページ:http://www.pianist-movie.jp/

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DVD:戦場のピアニスト
原作:戦場のピアニスト |The Pianist
シナリオ:戦場のピアニスト(新潮文庫)
サントラCD:戦場のピアニスト|The Pianist
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