人斬り銀次

2003/02/25 KSS試写室
日本の「歴史」をテーマにしながら、その「歴史」が感じられない映画。
物語のアイデアは面白いが脚本がダメなんだろう。by K. Hattori

 おそらく作り手の側には、明確な主義主張があるのだろう。でもそれが、うまく映画の上に着地していない。地面から1メートルも2メートルも上に意識が舞い上がったまま、大声で何事かを叫び、バタバタと手足を動かしている。切れ切れに聞こえる声や動作から、おぼろげに意図や目的がうかがえるのだが、それが実現するにはあと1,2メートル下に降りて、地面にしっかりと足を着ける必要があるのだ。これは作り手の意志が空回りしている映画だと思う。

 特攻隊の生き残りとして終戦を迎えた曾根崎銀次は、まだ戦争の記憶が生々しい昭和28年に愚連隊相手の大げんかで20数名を斬殺し、ちょうど50年の間刑務所に服役していた。彼がシャバに戻った時、その動向に注目する人間が何人かいた。現役を退いた後も、政界のキングメーカーとして強い発言力を持つ元首相・黒田。財界の黒幕・大牟田も、何かと銀次に助けの手を伸ばそうとする。国会では憲法9条改正の気運が高まっている。そんな時代に世に放たれた「人斬り銀次」は、そこで何を見たのか?

 戦中戦後の銀次を竹内力が演じ、50年後の銀次を夏八木勲が演じるという趣向。かつて銀次の上官だった黒田こそ、50年前に銀次が殺し損なった男だ。銀次はシャバに出て、再び黒田を殺そうとするのか。そもそも銀次はなぜ黒田を殺そうとしたのか。銀次にまとわりつく若い女の正体は誰か。50年前に銀次を撃ち、今もまた銀次の前に現れる軍服姿の謎めいた男・土蜘蛛の正体は何者か。そんないくつかのミステリーをからめ合わせて、物語は進行していく。

 竹内力演じる若き日の銀次は、単に回想シーンの中にだけ登場するわけではない。夏八木銀次の感情がふと50年前に戻る時、そこには忽然と50年前の肉体も蘇るのだ。これは面白い趣向だし、これこそがこの映画のテーマでもあるのだと思う。つまり銀次の肉体がいかに年をとって様変わりしたとしても、その精神はいつも50年前の若き日の自分を生きている。これは他の登場人物も同じ。黒田は石橋蓮司と鶴見辰吾のダブルキャストだ。この男たちは、戦争中のまま精神が年をとらない。つまり戦争時代の亡霊なのだ。だがこの映画はこの亡霊たちに、何を語らせようとしているのか? 僕にはそれがわからない。

 人斬り銀次が事件を起こした昭和28年は、日本がアメリカの占領状態を脱して自らの未来を自らの手で切り開いて行こうとしていた時代だ。その時、銀次は何を考え、黒田は何を思ったか。事件の後、銀次は獄中で日本社会の傍観者として50年を過ごし、いったい何を考えていたのか。黒田は政界に身を投じて、何をなそうとしていたのか。映画はこの間の黒田の行動を、「お国のために尽くしてきた」という台詞だけで終らせてしまう。黒田は憲法をどう改正しようとしているの? それもわからない。

 アイデアは面白いし、暴力シーンも面白いのだが……。

2003年3月29日公開予定 岩波ホール
配給・宣伝:日活 宣伝協力:アルゴ・ピクチャーズ
(2003年|2時間1分|日本)
ホームページ:
http://kss-movie.com/hitokiri/

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DVD:人斬り銀次
関連DVD:宮坂武志監督
関連DVD:竹内力
関連DVD:夏八木勲
主題歌収録CD:永遠に満月(奥野敦士)

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