春の惑い

2003/04/18 映画美学校第2試写室
屋敷を訪ねてきた主人の親友は、主人の妻の元恋人だった。
『青い凧』の田壮壮監督が古典を再映画化。by K. Hattori

 中国映画の古典として中国の映画監督や批評家たちに愛されている『小城之春』(48年)を、『青い凧』の田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督が再映画化した大人の恋愛ドラマ。時代は日本との戦争が終わり、新しい中国が始まろうとする頃。蘇州の名家ダイ家は戦火をかろうじて免れたものの、かつて栄華を誇った面影はすっかり失われている。広い屋敷に暮らすのは、長患いの若い主人・礼言(リーイェン)、その妻の玉紋(ユイウェン)、礼言の妹で女学生の秀(シュウ)、先代から使用人としてつかえる老黄(ラオホワン)の4人だけ。そこに上海から、礼言の親友・志忱(チーチェン)が訪ねてくる。だが玉紋と志忱は顔を見合わせてびっくり。ふたりはかつの恋人同士だったのだ。そんなことも知らず、志忱に屋敷への逗留をすすめる礼言。こうしてひとつ屋根の下に、夫と妻と元恋人の三角関係が作られるのだが……。

 登場人物は屋敷に集う5人に限定され、ほとんどのドラマは屋敷の中で進行して行く。しかも中心になるのは、礼言、玉紋、志忱の3人だけだ。かわいらしい妹の秀は、『東京物語』における香川京子のような役回り。他の3人の気持ちが複雑に移ろっていくのに対し、この妹だけは映画の最初と最後で同じようなポジションを保っている。5人の登場人物はそれぞれに、その時代の中国の象徴的な立場を表している。旧家の主人である礼言は、新しい時代の波に乗ることもできず没落するしかない人物であり、本人もそれを十分に自覚している。老黄は旧世代の最後の生き残りで、おそらく新世代の中国を見ることはないであろう人物。上海から来た志忱は新時代の中国を象徴する人間で、女学生の秀も次世代を担う若者として、いずれは古い家を離れていくことだろう。そして玉紋は、時代の移り変わりの中でどこに進めばいいのか迷っている。このドラマは男女の恋情を描いているのだが、その背後には当時の中国を包み込んでいた時代のうねりがある。

 三角関係のドラマ部分で、あまりあからさまな台詞のやり取りはない。しかし登場人物たちの言葉づかいや仕草で、彼らのその時々の揺れ動く気持ちは観客までダイレクトに伝わってくる。じつはオリジナル版『小城之春』では主人の礼言がもっと小さな扱いで、元恋人たちの恋慕の情にフォーカスが当てられていたのだという。だが今回のリメイク版では礼言のキャラクターを大きく膨らませて、この映画の中でもっとも面白い人物に仕上げている。

 身体が弱いという引け目から、妻と親友の関係を悟りながらも何も言い出せない礼言。秀の誕生日のシーンはこの映画の中でも一番楽しいものだと思うが、その同じ場面が礼言にとってはことさらに残酷な場面となる。僕はこのシーンを見ながら、病気を苦にして自殺してしまう人の気持ちが少しわかったような気がした。家族や友人の気遣いが、かえって本人を疎外してしまうのだ。

(原題:小城之春 SPRINGTIME IN A SMALL TOWN)

2003年初5月10日公開 渋谷Bunkamuraル・シネマ
配給:角川大映映画
(2002年|1時間56分|中国)
ホームページ:
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DVD:春の惑い
関連DVD:ティエン・チュアンチュアン
関連CD:i love 〜我聞〜

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