人生は、時々晴れ

2003/05/22 アミューズピクチャーズ試写室
『秘密と嘘』のマイク・リー監督が描く、ある家族の再生ドラマ。
主演のティモシー・スポールが上手いこと! by K. Hattori

 タクシー運転手をしているフィルは、妻と2人の子供と4人暮らし。妻のペニーはスーパーでレジ係の仕事をしており、娘は老人ホームで清掃の仕事をしているが、息子は学校を出たあと職にも付かず家でゴロゴロ。この息子はことあるごとに親に悪態をつき、狭い居間のソファーに横になってテレビを見るか、近所の子供たちをけんかをするかという問題児だ。そんな息子に、フィルは何も言うことができないでいる。

 取り立てて何か問題のある家族ではない。でも家族の中で、確実に何かが死んでしまっている。一家団欒の食卓を覆うのは、やり場のない倦怠感だけだ。低所得者向けアパートの一室で、形骸化した家族の残骸がポツリと取り残されている。疲れ切った家族の肖像。家庭は彼らにとって憩いの場でも安らぎの場でもない。フィルにとって家族との生活は、むしろ苦痛になっているのだ。義務と責任だけで一家の大黒柱を演じ続けなければならない生活が、フィルの表情を一層憂鬱なものにしている。

 監督は『秘密と嘘』のマイク・リー。主人公フィルを演じるのは、さまざまな映画で存在感のある脇役を演じてきたティモシー・スポール。名前を聞いてもピンと来ない人が多いだろうが、映画ファンならその顔を一目見るだけで「ああ、この人か」とわかるだろう。いつもは明るく朗らかな役を演じることが多い俳優だと思うのだが、今回は全身から倦怠感をにじませた受けの芝居で、観るものを映画に引き込んでいく。

 映画にはフィルの家族を含めて、3つの家庭が登場する。フィルの同僚ロンの家族と、ペニーの友人モーリンの家族だ。彼らはみな郊外の低所得者向けアパートの住人であり、夫婦関係も親子関係もバラバラになりかけている。彼らがバラバラになってしまわないのは、生活が貧しくてアパートを飛び出していくことができないからだ。フィルの一家だけでなく、ロンやモーリンの家庭も細かく描写されることで物語に厚みが出ている。どの登場人物も薄っぺらな類型にならず、それぞれが自分たちの抱えた人生と悪戦苦闘している様子が生々しく描かれているのがいい。

 フィルが自分の気持ちをペニーにぶつけるクライマックスは、ほとんど動きがなくて台詞のやり取りだけの芝居だが、台詞のひとつひとつにふたりの気持ちが乗っていて、観ていてハラハラドキドキさせられた。ふたりはどうなってしまうのか。ついに家庭は崩壊してしまうのか。一瞬も油断できないスリルとサスペンスが、夫婦ふたりの会話から生まれてくる。このサスペンスが、一気にハッピーエンドに着地するのもすごい。

 主演のティモシー・スポールだけでなく、出演者たちの芝居はどれも素晴らしいものだった。特にモーリン役のルース・シーンは好印象。『秘密の嘘』にも出演していたそうだが、今回の未婚の母役は素晴らしかった。カラオケで披露する歌も上手い。

(原題:ALL OR NOTHING)

2003年6月21日公開予定 シャンテシネ
配給:アミューズピクチャーズ
(2002年|2時間8分|イギリス、フランス)
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DVD:人生は、時々晴れ
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