真夏の夜の夢

2003/05/26 映画美学校第2試写室
シェイクスピアの原作をチェコの人形アニメ作家が完全映画化。
台詞を省略して音楽とナレーションでドラマを語る。by K. Hattori

 シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢(夏の夜の夢)」を、チェコの人形アニメ作家イジー・トルンカが映像化した長編アニメーション映画。物語はシェイクスピアの原作にほぼ忠実に構成されているそうで、2組の恋人たちのすれ違いと取り違えの喜劇の最後に、職人たちが王の前で演じる素人芝居の恋愛悲劇が演じられる。

 この物語はシェイクスピアの原作自体がかなり入り組んでいてわかりにくい。ハーミアとライサンダーのカップルに、ハーミアを愛するディミトリアスと、ディミトリアスを愛するヘレナが絡んだ恋の鞘当て。この物語の中心はまずここにある。ところがこの物語は、この若い男女4人のドラマと平行して、いくつかのストーリーが併走していくのだ。ひとつは妖精王オベロンとその妃ティターニアの仲たがい。アテネの領主と外国から来た婚約者の話。さらに領主の結婚式で芝居を上演しようとする職人たちの素人劇団。こうした複数のドラマが気まぐれにからまりあいながら、「真夏の夜の夢」という妖精譚の全体像を作り上げている。

 トルンカ版の「真夏の夜の夢」はナレーションで物語を進行させて、登場人物の細かなニュアンスは音楽と人形の動きに置き換えられている。こうすることで韻文やレトリックで埋め尽くされたシェイクスピアの戯曲からディテールを省略し、ストーリーラインだけをくっきりと浮き彫りにすることに成功していると想う。物語の導入部を回り舞台風の演出にするなど、随所に演劇風の演出があるのも楽しい。

 布製の柔らかな風合いが生かされた人形たちは、その動きがやけになまめかしくエロティックだ。どのキャラクターも物語を動かすための操り人形ではなく、自分自身の個性を強烈に主張して動き回る。この映画の登場キャラクターには、どれも正真正銘の命が吹き込まれているように見える。それがもっとも顕著に見えたのは、映画の終盤で馬上のヒポリタが槍を持って駆け出すシーン。アテネの領主シーシアス公の婚約者である彼女は、この瞬間まで物語の単なる添え物に過ぎなかったのだが、この1シーンは完全に彼女が主役になっている。このスピード感と躍動感は、宮崎駿の映画に通じるものがある。

 それにしても、領主結婚のお祝いとして素人役者たちが悲恋物語を演じるのがわからない。結婚祝いに「愛し合う恋人たちがふたりとも死んでしまう」という芝居を献上するのはいかがなものか。こう感じるのは結婚式のスピーチで「切れる」「割れる」「壊れる」などの言葉をタブーにしている日本人ならではの感覚であって、シェイクスピア時代のイギリスには結婚式に悲恋劇を演じる習慣があったんだろうか? 浮かれた恋のバカ騒ぎの最後に、この悲恋ものはいいアクセントになっているけれど、それが蛇足に感じるのは僕だけではないはず。ラムの「シェイクスピア物語」もここはカットしているようだ。

(原題:Sen noci svatojanske)

2003年夏公開予定 ユーロスペース
配給:チェスキー・ケー、レンコーポレーション
(1959年|1時間15分|チェコ)
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http://plaza19.mbn.or.jp/~rencom/

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DVD:真夏の夜の夢
原作:真夏の夜の夢 (夏の夜の夢)
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