気が付いたら病院のベッドだった。だがサイモン・ケーブルは、自分がなぜそこにいるのかがわからない。事故にあって病院に担ぎ込まれたらしいが、自分は一体何をしていたのか? 医者は事故直前の記憶が失われるのはよくあることだという。だがサイモンは事故の前、2年間の記憶をすっかり失っているのだ。事故で一時的に心停止状態になり、脳に血流が行かなくなったことで記憶が混乱しているらしい。病室にやってきた女は何者なのか。妻と名乗る女は、なぜ彼を冷たい目で見つめるのか。医者は「記憶はパズルだ」と言う。最後の記憶。兄ピーターとの再会。ピーターはなぜ死んだ? 自分がそれに関わっていた? 2年前にも自分は同じ病院に入院していた? クレアとは何者? 自分の記憶を探すサイモンの旅は、やがて悪夢へと変わっていく……。
『アイデンティティー』の脚本家マイケル・クーニーの戯曲「Point of Death」をクーニーとティモシー・スコット・ボガートが映画用に脚色し、『トンネル』のローランド・ズゾ・リヒター監督が映画化したサスペンス・ミステリー。主人公サイモンを演じるのはライアン・フィリップ。彼に寄り添うニューマン医師をスティーブン・レイが演じ、妻アンナをパイパー・ペラーボ、謎の女クレアをサラ・ポーリーが演じている。
こうした映画を観た後で、観客は何でも言える。「このアイデアはあの映画にもあった」と言うこともできるし、「最後のオチには途中で気が付いた」と言うことだってできるだろう。まぁ確かにその通りだ。この映画に類似した映画を、映画ファンなら2本や3本すぐにあげることができるだろう。僕も映画を観ている時から、そうした映画の存在には気が付いている。だがそうしたことは、この際あまり関係ないのだ。これはこれで、そういう「ジャンル」の映画なのだと思えばいい。問題とすべきは映画のテーマや内容ではなく、この映画の語り口そのものだろう。
主人公が2000年と2002年の2度病院に担ぎ込まれ、その間の記憶をすべて失っているというのがこの映画の面白さ。サイモンは2つの時間の間を幾度も往復し、2002年の「今」を自分にとってよりよい状態に改変しようと試みる。記憶を巡るミステリーが、一風変わったタイムトラベルの物語に横滑りしていくのだ。
かなり込み入った物語だが、映画の最後にはすべてのパズルの断片がすべて揃って一枚の絵が完成する。それを観た時、観客は唖然とするだろう。「ズルい!」と思う人もいるかもしれない。でもズルで結構。こんなものは最後に辻褄さえ合っていればいい。フェアプレイに徹して物語が破綻するよりは、ズルっぽい手口ででも帳尻を合わせたこの映画が正解。脚本家マイケル・クーニーの他の映画も観てみたい。かつてビデオ発売された『精神鑑定』と『キラー・スノーマン』がDVD発売されることを希望する。
(原題:The I Inside)
DVD:Re:プレイ
関連DVD:ローランド・ズゾ・リヒター監督 関連DVD:マイケル・クーニー(脚本) 関連DVD:ライアン・フィリップ 関連DVD:スティーブン・レイ 関連DVD:ロバート・ショーン・レナード 関連DVD:パイパー・ペラーボ 関連DVD:サラ・ポーリー |