あしがらさん

2004/02/25 シネカノン試写室
ひとりの青年と年老いたホームレスの交流を描くドキュメンタリー。
後半の展開は感動的でついホロリとさせられる。by K. Hattori

 新宿で路上生活者のためのボランティア活動に関わってきた青年が、新宿で出会った「あしがらさん」と呼ばれるひとりのホームレスを取材し始める。取材のきっかけはよくわからないが、青年がボランティア活動と並行して、『ゆきゆきて、神軍』や『全身小説家』の原一男監督が主催する「CINEMA塾」に参加していたことも理由のひとつだろう。青年にとって、もっとも身近なドキュメンタリー映画の素材は、街の中のホームレスだったのだ。だがこの取材が、あしがらさんの人生を大きく変えていくことになる……。

 この映画を撮り始める時、飯田基晴監督はあしがらさんとここまで長いつきあいになることを予感しただろうか? ここまで私生活に肉薄し、個人的な交流を持つようなつきあいになることを予期していただろうか? おそらくそんなことを、あらかじめ予想はしていなかったと思う。でもそれはカメラの前で起きる。これはまるでドラマのようだ。最初は「取材者」としてあしがらさんに接していた作者が、やがてあしがらさんを支援する「当事者」へと変化していく。

 あしがらさんが入院しようと施設に入ろうと、カメラの目はいつも「取材する者」の視点を保っている。だがそこに突然変化がおとずれるのだ。監督が入院したあしがらさんの見舞いに持って行ったミカンをきっかけにして、あしがらさんの心が監督に向けて大きく解き放たれる。ガード下にうずくまりながら、衰弱した弱々しい声で「あんたにミカンをもらったことは忘れない」「ミカンをくれたあんたを信用するよ」とつぶやくあしがらさん。やがて施設で少しずつ人間らしい生活を取り戻していくあしがらさんは、久しぶりに訪ねてきた監督に「ミカンを食え」と言う。監督とあしがらさんの心のキャッチボールが、ミカンという小道具を通して象徴的に描かれる。まるでドラマじゃん!

 この映画が監督の目論見と大きくはずれてしまったのは、これが「ホームレス問題」の映画ではなくなってしまったことだ。これは辛い人生を送って心を固く凍り付かせていた老人が、ひとりの青年との出会いをきっかけにして再生していくドラマになっている。老人と若者の話というのは、これまでにいろいろな映画で描かれてきた普遍的なテーマなのだ。この映画はまったく意図せずに、その鉱脈に行き着いてしまった作品だと思う。

 監督は最後に、映画を再び「ホームレス問題」に戻そうとする。あしがらさんが去った後でも、新宿にはまだ大勢のホームレスがいるのだと……。だが観客の気持ちはもう、あしがらさんを離れて路上のホームレスに向くことはない。観客はこの「感動的な実話」に大いに心を動かされても、路上で過ごす他の大勢のあしがらさんたちに心を向けることはないように思う。これは長年ホームレスの支援をしてきた監督にとって、大きな誤算だろうが、これがドキュメンタリーの面白さだ。

4月3日公開予定 ポレポレ東中野(モーニング)
配給:『あしがらさん』上映ネットワーク
2002年|1時間13分|日本|カラー|ビデオ
関連ホームページ:http://www5f.biglobe.ne.jp/‾ashigara/
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