血と骨

2004/09/14 丸の内プラゼール
強烈な個性を持った父親を中心とした在日一家の戦後史。
昭和の生活のディテールを見事に再現。by K. Hattori

 映画『月はどっちに出ている』『夜を賭けて』の原作者でもある梁石日が、自分自身の父親をモデルに書いた長編小説「血と骨」を、『月はどっちに〜』の崔洋一監督が映画化。原作は1920年代から1980年代までの日本を舞台に、朝鮮半島から日本に渡ってきた在日1世の生活ぶりを描く大河ドラマ。映画は戦前戦中のエピソードを割愛して、主人公たちが戦後日本をどう生き抜いたかにスポットを当てている。これはもちろん映画の上映時間や製作予算といった、物理的な制約から生じたことでもあるだろう。しかしこうして主人公の青春期をバッサリと切り捨ててしまうことで、強烈な個性を持つひとりの“父親”と、家族や息子の関わりというテーマがくっきりと浮かび上がってくる。

 また同時にこの映画は主人公一家を狂言回しにして、戦後日本の復興と高度経済成長のありようを定点観測したドラマでもある。終戦直後の貧しい暮らしから、みるみるうちに豊かさを増していく主人公たちの暮らしぶり。この映画に登場する人たちは決して贅沢な暮らしをしているわけではないが、それだけに昭和という時代に生きたごく普通の庶民の生活が、きわめてリアルに描かれているのだ。ついこの間まで昭和だったのに、気が付いたら元号が平成に変わって早16年。この映画の中には、懐かしい昭和の暮らしが生きている。映画を観ていると、「ああ、僕も確かに同じような場所で暮らしていた!」という思いがこみ上げてくる。美術スタッフは大層苦労したと思うけれど、その苦労がちゃんと映画の中に生かされている。

 映画の中でビートたけしが演じる金俊平という男に、同情したり感情移入する観客はほとんどいないと思う。気に入った女がいれば無理矢理犯し、結婚しても家族を放り出して行方をくらまし、戻ってくれば妻や子を殴り、会社を興せば従業員を殴りつけ、腹が立ったら手斧で家をメチャクチャに破壊し、妻子がいる目の前に妾を囲い、妾が病で倒れれば同じ屋根の下に別の女を住まわせ子どもを生ませる。金俊平は唯我独尊の暴君であり、狭い朝鮮長屋の中で荒れ狂う大型台風だ。一種の怪物と言えるだろう。

 映画はこの怪物の胸の内に入っていくことがほとんどないのだが、彼と戦争未亡人・清子の関わりは、映画の中で唯一と言っていいほど哀切なラブストーリーになっている。清子に子どもができなかったことが、この短くはかない純愛物語を成立させ得たような気もするけれど……。清子を演じた中村優子の今後に大注目だ。

 俊平が船で大阪に着くシーンは、チャップリンの『移民』や、コッポラの『ゴッドファーザー PART II』を彷彿とさせる名場面。最後に同じシーンが繰り返されるのは、リドリー・スコットの『1492コロンブス』。煙突の林立する一大工業地帯が、金俊平にとって約束の地だった。彼はそこで自分の夢を実現したのか。それとも夢破れて挫折したのか。

11月6日公開予定 丸の内プラゼール他・全国松竹東急系
配給:松竹、ザナドゥー 問合せ:松竹 宣伝:P2
2004年|2時間24分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.chitohone.jp/
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