タイトルの『アニムスアニマ』というのは、ユング心理学でいうアニムスとアニマの合成語。女性が持つ無意識の男性像がアニムスで、男性が持つ無意識の女性像がアニマ。映画ではこれを敷衍して、女性が持つ理想の男性像をアニムス、男性が持つ理想の女性像をアニマということにしているが、これは物事を単純に面白くするための修辞に過ぎず、要点はこのふたつの元型が合体している点にある。
古代の神話によれば、男と女はもともとひとりの人間として作られたのだという。旧約聖書の創世記には、最初の人間はアダムただひとりだったと書かれている。だが神はダムからあばら骨を取ってイブを作る。人類最初の男と女は、かつてひとりの人間として存在していたのだ。ギリシャの哲人プラトンは対話篇「饗宴」において、さらに奇怪な神話を語る。かつて人間は球形の身体に手足が4本、目と耳が4つ、鼻と口が2つという姿だった。これを神が真っ二つに切り裂き、現在の人間の姿になったのだという。(この神話は映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』に引用されていた。)男と女の愛(エロス)とは、かつて一体だった自分自身の片割れを求めることなのだ。
両親を失い姉弟のふたりで暮らしているトキオとスイ。美容師のトキオはきれいなものが大好き。家事全般をそつなくこなすトキオが一番大好きは、美しい姉のスイだ。スイはそんな弟を愛しつつOL生活。不眠症気味の彼女は、女たちの部屋を泊まり歩いているトキオの空っぽのベッドで眠るときだけ、安らかな眠につくことができる。だがそんなふたりの生活が、突然終わることになる。スイが突然家を出て一人暮らしを始めると言い出したのだ……。
トキオを演じるのは『バトル・ロワイヤルII 鎮魂歌』の忍成修吾。スイ役は『オーディション』や『スカイハイ』の椎名英姫。監督・脚本はこれがデビュー作の斉藤玲子。ストーリーだけを追うと姉と弟の禁じられた愛を描いた作品のようでもあるが、じつはこの映画のテーマはもう少し深いところにありそうだ。愛し合う男女にとって、身も心もひとつになることこそ究極の目標。しかしこの映画の主人公たちは、そんな月並みな目標を突き抜けてしまう。ふたりの人間が身も心もひとつになったとき、そこにいるのは神話に登場するような「ただひとりの人」でしかない。ふたりの人間が一緒にいることで、ふたりとも独りぼっちになってしまうという逆説。
プラトンによれば、神に切り離された男と女は互いの片割れと固く抱擁して一体になるや、ほとんどの者がそのまま食べることも活動することもできないまま死んでしまったという。トキオとスイの関係というのは、まさにそういうものだったのだろう。スイを手に入れたトキオは、まともに働くことができない。トキオと離れたスイは、食事をすることができない……。『アニムスアニマ』は新しいエロスの神話なのだ。