ヴェラ・ドレイク

2005/05/24 メディアボックス試写室
『秘密と嘘』のマイク・リー監督が描く悲しい犯罪ドラマ。
ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞。by K. Hattori

 『秘密と嘘』のマイク・リー監督最新作で、ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞と主演女優賞を受賞した作品。物語の舞台は1950年のロンドン。主人公のヴェラ・ドレイクは労働者階級の平均的な主婦で、夫のスタンと子供ふたりの4人で小さなアパート住まいをしている。スタンの仕事は自動車の修理工。長男は仕立屋で働き、長女は工場勤め。ヴェラは通いの家政婦としていくつかの家で働きつつ、独り暮らしをしている母親の世話や、近所の貧しい家庭の家事を手伝ったりしている。彼女は明るくて誰にでも愛想がよく、親切で献身的な女性だ。自分の近くに困っている人がいると、黙って見過ごすことができない。ところがそんな彼女には、家族にも知られていないある秘密があった。彼女は望まない妊娠をした女性たちの依頼を受けて、中絶の手助けをしていたのだ……。

 1950年当時のイギリスは人工妊娠中絶が非合法だったそうで、望まぬ妊娠をした女性たちの多くは、ヴェラのような技術者に頼んで子供を中絶していたという。子供を中絶しなければならない女たちの事情はさまざまだ。その違法性や不道徳性を云々する以前に、ほとんどの女たちには子供を生めない切羽詰まった事情がある。ここには「女の権利」も「命の尊厳」もない。まずは目の前の「生活」が優先されるのだ。ただしお金があれば話は別だ。正規の医者に支払う高額の報酬を工面できる人は、あれこれ理由を付けて中絶手術を受けられた。この映画では、そんな中絶にまつわる貧富の差がはっきりと描かれる。

 しかしこの映画は「中絶問題の是非」について論じているわけではない。正真正銘の善意から行われた行為が、結果として反社会的な行為として断罪される矛盾を描いている。ヴェラのしたことは、相手の女性に望まれてしたことだ。彼女は誰も傷つけるつもりなどない。困った人を助けたかっただけなのだ。その「善意」をヴェラの家族も、そして映画を観ている観客たちも誰も疑わないはずだ。これはヴェラといキャラクターの造形が正確でリアルだからだろう。

 この映画で描かれた1950年には、中絶を「女性の権利」とするフェミニズムの論理など存在しなかった。ヴェラには少しの悪意もないが、かと言ってその行為が正しかったと正当化もできない。ヴェラは中絶という自分の行為が悪いことだと知っている。家族にそれを知られるのを恥じている。しかし同時に、女たちにとってそれが必要とされていることも知っているのだ。自分が必要とされるなら、その求めに応じようとするのがヴェラという女性だ。

 「よかれと思いつつ罪を犯す」という人間の矛盾と不合理。「絶対必要な行為」を犯罪として裁く社会制度。そこに直面した人間たちの苦しみと葛藤。この映画は人間を正確に深く掘り下げることで、1950年代の中絶問題という個別の事例を超えて、現代にも通じる普遍的な人間社会の姿を描いている。

(原題:Vera Drake)

6月下旬公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:東京テアトル 宣伝:ムヴィオラ
2004年|2時間5分|フランス、イギリス、ニュージーランド|カラー|ヴィスタ|ドルビー・デジタル
関連ホームページ:http://www.veradrake.net/
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