自閉症の青年がフルマラソンを完走した実話を、チョ・スンウ主演で映画化したヒューマン・ドラマ。監督・脚本は新人のチョン・ユンチョル。骨組みのしっかりしたドラマに豊富なエピソードで彩りを添え、リアルで好感の持てる人物たちの生活描写に、映画ならではの詩情をまとわせた傑作に仕上がっている。映画を観ながら、僕は何度か涙ぐんでしまった。感動的なシーンやエピソードで涙が出るのではない。映画の中の特に何でもない、何気ない場面の中に、観る人の心を揺さぶる詩心があるのだ。主人公の青年が走りながら道端の草を手で触っていく場面や、走り終わったあとコーチの手を取って自分の胸にギュッと押しつける場面、地下鉄のシマウマに泣けた。
映画は主人公ユン・チョウォンと、彼を事実上ひとりで育てた母親キョンスクの関係を軸に展開する。子供の頃から母の指導で走り始めたチョウォンは、やがて一般のランナーに混じって大会に出場し、上位入賞するほどの実力を発揮するようになる。雑誌記者からマラソン出場を勧められたキョンスクは、飲酒運転の罰として養護施設で体育指導をしていた元マラソン選手に個人指導を依頼する。相変わらず酒びたりでまともな指導をまったくしようとしないコーチだったが、やがてチョウォンの素直さと脚力に感心し始める。だがある出来事がきっかけで、キョンスクは息子のマラソン出場に意欲を失ってしまう。
自閉症を扱った映画には、ダスティン・ホフマンとトム・クルーズ主演の『レインマン』がある。この『マラソン』でも、自閉症の兄と弟の和解、幼い日の出来事が隠れたトラウマとなっていた事実の発覚など、『レインマン』を大いに意識したのではないかと思われる場面がいくつかあった。コーチがチョウォンに計算問題を出すシーンなどは、『レインマン』を観ておいた方が面白いかもしれない。ふたつの映画を観ると、自閉症という障害にはいろいろなタイプがあるのだな〜と、何となく実感できると思う。(僕は未見だが、『光とともに…』というドラマも公表だった様子。)
登場人物の誰もが、悪人ではないけれど弱さや欠点を持つ生身の人間として描かれているのがいい。息子にマラソンをやらせるのが、自分のエゴなのではないかと悩む母。兄を嫌悪し、その世話に掛かり切りになる母に反発する弟。自閉症の息子に振り回される生活に耐えきれず、家を出てしまった弱い父。どの人物も、切れば赤い血が出るごく普通の人間として描かれている。中でも出色は酒びたりのコーチだろう。このコーチは最後の最後まで、結局酒びたりの自堕落な生活から抜け出さない。でもそのことが、かえってこの人物のチャームポイントになっているのだ。人間は長所ではなく、欠点こそが魅力となることがある。
主人公が「聖なる愚者」のパターンにはまりすぎてしまった気もするが、これは映画全体から観れば小さな弱点だと思う。
(英題:Marathon)
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