Touch the Sound

2005/12/10 映画美学校第2試写室
難聴の打楽器奏者エヴリン・グレニーのドキュメンタリー。
音を聴いているのは耳だけじゃない。by K. Hattori

 難聴でありながらプロのパーカッショニストとして活動をしているエヴリン・グレニーが、世界各地を演奏旅行しながら様々な音を探していくというドキュメンタリー映画。彼女は8歳の頃から耳が聞こえなくなり始め、12歳頃にはほとんど耳が正常に機能しなくなってしまったのだという。そんな彼女がなぜ音楽家として活動できるのか。それは彼女が、全身を使って音を聴いているからだ。映画の中ではエヴリンが同じように耳の障害を持っている少女に、手を使って音を聴く方法を指導する様子が紹介されている。

 ドラムの胴に手のひらを当ててドラムを叩くと、胴に触れている手に振動が伝わる。ドラムは周囲の空気を大きく振動させて、それが体にも伝わってくる。ティンパニを打ち鳴らす際は、時折自分の腰をティンパニのへりに押しつける。すると体を通して、音を感じることができるのだという。彼女は子供の頃にこうした方法で、音を聞き分けることを学んだのだという。手のひらでドラムのほんのわずかなピッチの違いまで聞き分けられるのだという。人間はひとつの障害があっても、別の器官が発達してその機能を補おうとするらしい。かくしてエヴリン・グレニーは、耳ではなく全身を使って音楽を聴くことができるようになったわけだ。耳の聞こえない彼女は、耳で音を聴く人より何倍も豊かな音の世界に暮らしている。

 映画にはエヴリンの多彩な演奏が収録されていて、音楽映画としても楽しめる内容だ。駅構内でスネアドラム1本を使ったソロ演奏の格好よさ。仲間のミュージシャンとのコラボレーション。酒場の床に皿や空き缶を並べて、箸を両手に即興演奏。本来は楽器ではない廃材などを叩いたり揺すったりしながら、そこから次々に音を生み出していく。もちろん素晴らしいマリンバの演奏だって聴くことができる。クラシックや現代音楽というジャンルを越えて、彼女は「音」そのものと向き合っている。

 この映画の中では「音」と「音楽」の間に明確な区別を付けていないのだが、それがエヴリン自身の「音」に対する姿勢なのかもしれない。いやいや、それだけではない。エヴリンは世間一般の人が「音」と感じるものとそうでないものとの間にも、明確な区別を付けていないようだ。エヴリン・グレニー曰く「無音や静寂こそ最大の音」なのだ。彼女は「音」のない場所で、「音」を見たり、感じたりする。京都で枯山水の庭を見るエヴリンは、おそらくそこに何らかの「音」を聴いている。

 人間には「五感」がある。視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚だ。我々はそれを人間にとって別々の感覚だと考えがちだが、じつはこうした感覚は相互につながり合っているのだ。例えば視覚や臭覚が、味覚の大きな助けになっていることはよく知られている。聴覚も同じ様に、他の感覚器とつながっているのだろう。そんなことを、この映画は思い出させてくれる気がする。

(原題:Touch the Sound)

2006年3月公開予定 ユーロスペースほか全国順次公開
配給:ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社
2004年|1時間40分|ドイツ、イギリス|カラー
関連ホームページ:http://www.touchthesound.jp/
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