アンリ・カルティエ=ブレッソン

瞬間の記憶

2006/02/22 メディアボックス試写室
「決定的瞬間」で知られる伝説の写真家ブレッソン。
最晩年の彼に寄り添うドキュメンタリー。by K. Hattori

 映画ファンの間で「ブレッソン」と言えば、それは『抵抗(レジスタンス)−死刑囚の手記より−』や『スリ(掏摸)』『ジャンヌ・ダルク裁判』のロベール・ブレッソン監督のことだろう。しかし一般的にそれよりずっと有名な「ブレッソン」は、フランスの写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンだ。この名前を知らない人も、彼の写真集から生まれた「決定的瞬間」という言葉は知っているはずだ。今ではまったく普通の日常語として使われている「決定的瞬間」は、カルティエ=ブレッソンが1952年に発表した最初の写真集のタイトルだったのだ。(写真集の英語題が「The Decisive Moment」。)

 カルティエ=ブレッソンの写真はほとんどがスナップショットだが、日常を完璧な構図で切り取る才能は他の追随を許さない。映画『アンリ・カルティエ=ブレッソン/瞬間の記憶』は、そんなカルティエ=ブレッソン本人が自分の人生と自作を語り、カルティエ=ブレッソンの信奉者たちがカルティエ=ブレッソンを語るドキュメンタリーだ。カルティエ=ブレッソン本人はこの映画製作の翌年に亡くなっているので、本作はカルティエ=ブレッソンの最晩年にインタビューを行った貴重な映像資料となるだろう。

 映画を観ていて気がついたのは、カルティエ=ブレッソンについて証言する人たちのほとんどが、カルティエ=ブレッソン本人とはほとんど個人的には関わりのない「ファン」で占められていることだ。カルティエ=ブレッソンの撮影した元妻マリリン・モンローのポートレイトが、いかに素晴らしいものであるかを語るアーサー・ミラー。カルティエ=ブレッソンに写真を撮影された経験を持つ、女優のイザベラ・ユペール。他にも彼に影響を受けた写真家や、彼の写真を絶賛する編集者などが登場して、それぞれのカルティエ=ブレッソン体験を語るのだが、そこからはカルティエ=ブレッソンという人間の人となりが抜け落ちている。作品の魅力はわかる。しかしその作者はどういう人だったのか?

 映画は「人間:アンリ・カルティエ=ブレッソン」と、「写真家:アンリ・カルティエ=ブレッソン」について、語り方をきっぱりと分けている。写真家としてのカルティエ=ブレッソンについては、もっぱら周囲の人たちが語る言葉にまかせ、彼のプロフィールや考え方といった部分は、本人のインタビューを通して本人の口から語らせているのだ。

 僕自身は「決定的瞬間」という言葉ぐらいでしかカルティエ=ブレッソンを知らなかったのだが、じつは映画界とも深い関わりのある人だと知って「へへ〜」と感心してしまった。彼はジャン・ルノワールの助監督として、映画監督を目指していたことがあったのだ。スナップショットの名手として瞬時に完璧な構図を捕らえるカルティエ=ブレッソンが、そのまま映画界にとどまっていたら……と、すこし考えるのもちょっと楽しい。

(原題:Henri Cartier-Bresson - Biographie eines Blicks)

春公開予定 ライズX
配給:ロングライド
2003年|1時間12分|スイス、フランス|カラー|ヴィスタサイズ|デジタル
関連ホームページ:http://www.longride.jp/
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