≒天明屋尚

2006/04/21 メディアボックス試写室
現代の絵師・天明屋尚を追うドキュメンタリー映画。
ドキリ。僕と同い年ではないか。by K. Hattori

 FIFAワールドカップ・サッカーの公式アートポスターの作者に、日本から唯一選ばれた画家・天明屋尚のドキュメンタリー映画。デザイナーを経て画家になったという彼は、1966年生まれだというから年は僕と同じ。(学年は天明屋尚の方がひとつ上になるようだ。)僕もデザイン学校を出て、何年かグラフィックデザイナーをしていた経験があるので、何となく一方的に親近感を感じたりする。デザイナーから画家へというのは、アート系の人間としてはわりと順当な転身のようにも思うけれど、デザイナーから映画批評家というのはどんなもんなんでしょうね……、などと自問自答してみる。

 天明屋尚は「日本画」を描いている。しかしそれは、顔料やニカワを使って絵を描く、普通の意味での日本画ではない。彼が使っている画材は、アクリル絵の具だったりするのだ。現代の普通の日本画は、明治以降に西洋から入ってきた油絵の技術を「洋画」とし、それ以前から日本にあった顔料やニカワなどの画材を使った絵を「日本画」と呼んでいるに過ぎない。あくまでも、洋画あってこその日本画なのだ。しかし天明屋尚は、そうした明治以降の「洋画に対する日本画」には興味を持っていない。彼は江戸時代に活躍した「絵師」たちの姿に引き寄せられる。

 映画の中で大きく取り上げられていたのは、江戸末期から明治にかけて活躍した浮世絵師・河鍋暁斎(狂斎)。浮世絵師の歌川国芳に師事し、やがて狩野派の絵師として活躍した後、独立して自分自身の画風をきわめていった人物だ。天明屋尚の画風が、河鍋暁斎に似ているわけではない。しかし洋画や日本画、イラストレーションといった既成の枠を踏み越えて、自分の画風を確立していこうとしていく天明屋尚の生き方は、既成の流派を越えて自分の絵の世界を探究していった河鍋暁斎に似ているかもしれない。

 映画は天明屋尚の作品制作風景に、本人と周辺人物達のインタビューをからめたもの。人物ドキュメンタリーとしてはまず標準的な構成で、手法としての目新しさはさほどないように思う。しかし面相筆で細かく色を塗り分けていく天明屋尚の指先を、丹念にカメラで追う場面は、観ているこちらまで息が詰まりそうになるような緊張感がある。映画を観ている観客は、彼のアトリエで制作を間近に見ているような緊迫感に包まれるのだ。

 ただしDVで撮影されたこの映画が、天明屋尚の作品世界を正確に伝えているかというと、そのあたりは少し不満も感じてしまうのだ。金箔をふんだんに使い、面相筆で細かく色のぼかしをつけていく天明屋尚の画風は、DVで撮影してもうまくスクリーンに色の階調が再現できない。その最たるものは、トレーシングペーパーの上に鉛筆で細密に描き込まれた曼陀羅だ。バックライトに照らされたトレペの曼陀羅は、たぶん本物を観るとすごくきれいな作品だろう。しかしこれが映画の中では、ほとんど何も見えないのは残念。

6月3日公開予定 ライズX(レイト)
配給・宣伝:ビー・ビー・ビー株式会社
2006年|1時間20分|日本|カラー|スタンダード
関連ホームページ:http://www.bbb-inc.co.jp/tenmyouya/
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