クラッシュ

2006/05/06 TOHOシネマズ錦糸町(スクリーン6)
多人種多民族国家アメリカが抱える葛藤を描く群衆劇。
アカデミー作品賞など3部門受賞。by K. Hattori

 第78回アカデミー賞(2005年度)で、作品賞・脚本賞・編集賞の三冠を達成した作品。監督・脚本のポール・ハギスは『ミリオンダラー・ベイビー』で注目された脚本家だが、この監督第一作でいきなりアカデミー賞を受賞してしまった。(彼は監督賞にもノミネートされていた。)次回作は再びクリント・イーストウッド監督と組んで、『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』という戦争映画に参加。共にオスカーを受賞している監督と脚本家コンビが、どんな作品を作ってくれるか今から楽しみでしょうがない。

 本作は世界中から様々な人種が集まるロサンゼルスを舞台に、複数の登場人物が体験する約2日間の出来事を同時進行で描くグランドホテル形式の人間ドラマ。ここでテーマになっているのは、アメリカの中にいまだ根強く残る「人種差別」の問題だ。人種問題はこれまでにも数多くのアメリカ映画が取り上げているが、最近の映画でここまであからさまにそれを描いたものはなかったのではないだろうか。

 とはいえ、ここに描かれる差別はかなり屈折したものだ。アメリカ社会では表向き、いかなる場合であっても人種差別があってはならないことになっている。しかし「差別があってはならない」のと、「差別がない」のとは、まったく別次元の話だ。そこには確実に、隠しようのない差別がある。黒人の犯罪率の高さは、黒人に対する偏見をかき立てる。有色人種の移民労働者が片言の英語で生活するさまは、貧しい白人側に嫉妬の混じった反発を生み出す。差別はいけないことだ。それは許されるものではない。しかし雑多な人種が入り交じるロサンゼルスでは、人種間の軋轢は避けられないものなのだ。軋轢は偏見を再生産し、終わることのない差別意識の再生産を繰り返す。

 映画を観る人はこの作品に描かれた人間の卑小さや業の深さに、顔を背けたくなるかもしれない。互いに理解することができない人間たち。互いの間に常に距離を置き、妥協することも、許し合うこともができない不寛容な人々。こうした人間同士の刺々しい関係は、血のつながった肉親同士の間ですら起きている。人間はどうしようもなく孤独な存在だ。だがこの映画は、人間社会のこうしたネガティブな面ばかりを描いているわけではない。この映画は人間の弱さや罪深さを徹底して描きつつ、人間が和解や寛容なしには生きられない存在であることも同時に描いている。

 この映画はアメリカ映画によくある、「クリスマスの奇跡」の物語なのだ。車のアクセサリーとして登場する聖クリストフォロスの人形も、世界が抱える人間の罪の重さと、その罪から人間が救われ得るのだという象徴。こうしたことがわからないと、映画の最後に人々が和解したり、改心したりするエピソードがただのきれいごとに見えてしまう。ここに描かれているのは、目に見えない大きな力によって導かれた人間の救済なのだ。

(原題:Crash)

2月11日公開 シャンテシネ、新宿武蔵野館ほか全国洋画系
配給:ムービーアイ
2004年|1時間52分|アメリカ、ドイツ|カラー|シネマスコープ|SDDS、DTS、ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.crash-movie.jp/
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