初恋

2006/06/01 有楽町朝日ホール
1960年代の新宿を舞台にした青春恋愛ドラマに、
三億円事件の真相がからむ。by K. Hattori

 1968年(昭和43年)12月10日。日本信託銀行(現在の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店の現金輸送車が府中刑務所前で白バイ警官に変装した若い男に呼び止められ、輸送車ごと現金を奪い取られる事件が起きた。運んでいたのは東京芝浦電気(現在の東芝)府中工場で、従業員に支払う予定だった年末賞与2億9,430万7,500円。遺留品の多さなどから事件はすぐ解決すると思われたが、その後の捜査は暗礁に乗り上げ、1975年(昭和45年)には刑事事件の時効が成立。これが昭和の怪事件「三億円事件」のあらましだ。犯人像などについては今もさまざまな説が出されているが、真相は謎のままとなっている。

 事件から30年以上たった2002年(平成14年)2月。「犯人は私だ」と名乗った上で、犯行に至る詳細を綴った手記が1冊の小説として発表された。本のタイトルは「初恋」。日本中を仰天させた三億円事件の犯人は、当時18歳の女子高生だったというのだ。映画『初恋』はその映画化だ。主演は宮崎あおい。彼女を事件に引き込む青年を、小出恵介が演じている。監督・脚本は『tokyo skin』の塙幸成。共同脚本はこれが映画脚本家デビューとなる市川はるみと鴨川哲郎。

 映画のモチーフになっているのは「三億円事件」に間違いないのだが、これは実録犯罪映画ではない。タイトルにもあるように、これはひとりの少女のラブストーリーなのだ。1960年代の新宿で、ひとりの女子高生が子供から大人へと成長していく。その舞台は若衆宿にも似た薄暗いジャズ喫茶だ。少女はそこで自分より年長の男や女たちに囲まれ、自分の知らない大人の世界を垣間見る。そして彼女自身も、大人になろうと精一杯の背伸びをするのだ。だがじつは、ここに集う不良ぶった若者たちもまだ子供に過ぎない。

 1960年代は世界中で若者たちが大人に反旗を翻した時代だが、この映画の中ではジャズ喫茶Bに集まる若者の反抗が「親」や「保護者」に向けられている。リーダー格の亮は母親との関係に苦しんでいる。岸は父親と折り合いが悪い。ユカも実家とのしがらみを断ち切れない。ふてぶてしい態度で世間や大人たちに反抗している彼らも、結局は親の影響下から脱しきれないのだ。そんな中でヒロインのみすずだけは、親との関係を最初から持っていない。「三億円事件」という通過儀礼を経て、「大人になんて成りたくない!」と言っていた彼女は周囲の誰よりも早く大人へと変身する。彼女が最後に自分の意思で親を捨てたことは、彼女と他のメンバーとの違いを象徴的に示しているように思える。

 原作は未読だが、みすず役は宮崎あおいよりもう少し固くて不器用な(あるいは可愛げのない)イメージを出せる女優の方がよかったかも。宮崎あおいのみすずは、『昼下りの情事』のオードリー・ヘプバーンにも似た少女の可憐さがあるのだが、「三億円事件」という大犯罪をやってのけるには迫力不足かもしれない。

6月10日公開予定 シネマGAGAほか全国ロードショー
配給:キャガ・コミュニケーションズ
2006年|1時間54分|日本|カラー|ビスタサイズ|DTS、SR
関連ホームページ:http://www.hatsu-koi.jp/
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