ダーウィンの悪夢

2006/08/30 メディアボックス試写室
外来魚ナイルパーチ放流から始まったヴィクトリア湖の惨状。
ナイルパーチは日本にも輸入されている。by K. Hattori

 アフリカ東部にあるビクトリア湖は、ケニア、ウガンダ、タンザニアにまたがるアフリカ最大の湖だ。かつてそこには数多くの淡水魚が棲み、生物の多様性から「ダーウィンの箱庭」と呼ばれる豊富な自然があった。それは水産資源と呼ぶにはあまりに貧弱で、小規模漁業を営む地元住民たちの生活を支える以外にこれといって魅力のあるものではなかったが、そこにある自然は長い時間をかけて作られた、バランスの取れた安定した生態系だった。

 ところが1950年代から60年代にかけて、ビクトリア湖にナイルパーチという魚の稚魚が放流されると湖の様子は一変する。成長すると体長2メートルにもなるナイルパーチはビクトリア湖で食物連鎖のトップに立ち、あっと言う間に他の魚を駆逐してしまう。一方でナイルパーチは高級な白身魚として貴重な輸出財源となり、ビクトリア湖周辺の村や町に莫大な富をもたらした。だが急成長したナイルパーチ産業は、この地域に大きな社会的ひずみをも生み出すことにもなる。『ダーウィンの悪夢』はそんなビクトリア湖周辺の姿を取材したドキュメンタリー映画だ。

 ビクトリア湖のナイルパーチ問題は、外来種が既存の生態系を破壊した例として有名だ。ネットで検索すればかなりの情報を集めることができる。しかしこの映画は「生態系の破壊」という魚の世界に起きた問題より、もっと大きな人間の世界について描いている。それはナイルパーチ・バブルによって生じた、タンザニアの社会変化だ。降って湧いたように活性化する水産業は、内陸部からの労働移住者を湖岸に引き寄せる。だがそうした人々のすべてが水産関連の仕事に就けるわけではない。仕事にあぶれた者たちは湖畔にスラムを作り、男たちは盗み、女たちは売春し、子供たちはドラッグに明け暮れる。水産工場から出る大量の魚のアラは、貧しい人々の貴重なたんぱく源となる。

 ここで起きているのは、弱肉強食の生存競争と、適者生存の自然淘汰法則が、むき出しの形で人間社会に拡大された社会ダーウィニズムの世界だ。ダーウィニズムは「進化論」とも言われるが、むしろ生物がその環境に適応していかに多様化するかを示す理論だ。生物はその環境で生き延びるために、自らの生態を変化させて最適化する。そこには「進化」という言葉から受ける「単純で低級なものから複雑で高度なものへの変化」という上下の価値観はない。その環境で間違いなく生存できるなら、それがどんなに単純で低級な生態に見えようとも、それがその生物にとって最適の「進化」なのだ。

 タンザニアで起きている人間界のおぞましい出来事の数々も、すべては環境への適応と適者生存に過ぎないのかもしれない。しかし我々は、このリアルな現実から目を背けたくなるだろう。ナイルパーチがビクトリア湖の在来種を食い尽くしたように、グローバリゼーションという化け物が人間社会を食い尽くそうとしているようにも見える。

(原題:Darwin's Nightmare)

正月公開予定 シネマライズ
配給:ビターズエンド 宣伝:ムヴィオラ
2004年|1時間52分|フランス、オーストリア、ベルギー|カラー|ヴィスタ|DOLBY SRD
関連ホームページ:http://www.darwin-movie.jp/
ホームページ
ホームページへ