サラバンド

2006/08/31 映画美学校第2試写室
スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマンの最新作。
単純だが力強く太い芯のある映画。by K. Hattori

 イングマール・ベルイマンは、北欧スウェーデンが生んだ世界的な巨匠監督だ。代表作は50年代に発表された『第七の封印』『野いちご』『処女の泉』などだろうが、60〜70年代にも数多くの作品を発表して世界中の映画ファンをうならせてきた。ただしこの頃の作品を、僕はリアルタイムでは観ていない。監督引退作として発表された『ファニーとアレクサンデル』ですら1982年の作品で、今から20年以上前のことになる。ベルイマンは僕にとって映画史の中に登場する往年の大監督であって、黒澤明やフェリーニやデビッド・リーンなどと同列の位置づけだった。たぶんほとんどの映画ファンにとっても、それは似たようなものだろう。

 ところがそのベルイマンが、2003年に新作映画を撮っていた。本作『サラバンド』はベルイマンにとって20年ぶりの新作。その内容は1974年に作った『ある結婚の風景』の続編だ。主演は『ある結婚の風景』と同じリヴ・ウルマンとエルランド・ヨセフソン。30年の時を経て、同じ監督と主演俳優で続編映画が作られる例は珍しいと思う。ただしこの映画、『ある結婚の風景』を観ていなくても内容は理解できる。30年前に起きた出来事については、主人公たちの口からおおよそのあらましが語られているからだ。かく言う僕も『ある結婚の風景』は観ていないが、特にそれによって不便を感じることはなかった。

 それにしても恐るべき映画だ。普通の映画がまずやらないことをずけずけとやってのけて、しかもそこには何の不自然さも無理も感じられない。例えば世の中に出回っている脚本の教科書を見れば、そこにはまず間違いなく「部屋の中で二人の人物が長い会話をする描写は避けましょう」と書いてあるはずだ。会話ばかりのシーンは説明調になるし、画面も単調になる。だから映画では会話シーンの合間に別のシーンをはさんだり、何らかのアクションの中で会話を組み立てるよう工夫する。

 ところがこの映画は、最初から最後までほぼすべてが「部屋の中で二人の人物が長い会話をする描写」でできている。しかし会話は説明調にならないし、画面も単調になっていないのだ。厳密に選び抜かれて緻密に構成された言葉と、当意即妙のカメラワークと、クローズアップ・ショットの中で表情を際立たせる俳優たちの演技力が組み合わさることで、どのシーンもじつに豊かな映画的空間を作り出している。会話シーンが続く中で、突然挿入される回想シーンのショック。クローズアップに挿入されるイメージカットの鮮烈さ。鋭利な刃物にじかに触るような、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。

 人間と人間の間に生まれる愛憎と葛藤。しかしどんなに激しい感情も、やがては時の中に移ろい、消え去っていくという人の世の無常。人生を諦観して他者をはねつけながら、それでも人の温もりを求めずにいられないヤマアラシのジレンマ。なかなかスゴイ映画です。

(原題:Saraband)

10月21日公開予定 ユーロスペース
配給:シネフィル・イマジカ
2003年|1時間52分|スウェーデン|カラー|16:9(ハイビジョン)|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://saraband-movie.com/
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