トンマッコルへようこそ

2006/09/15 メディアボックス試写室
朝鮮戦争から取り残された山奥の村トンマッコル。
そこに南北双方の兵士が迷い込む。by K. Hattori

 1950年。朝鮮戦争の激戦が続く江原道近くの山中に、米軍の偵察機が墜落する。パイロットは重症を負うものの、近くの村人に救出される。同じ頃、戦線を離脱した韓国軍の兵士ふたりが、行くあてのないまま近くの山中に迷い込んでいた。これに前後して、連合軍の反攻作戦でちりぢりになった北朝鮮軍の兵士3人が、やはり同じ山中をさまよっている。彼らは引き寄せられるように、山の中に無傷のままポツリと孤立しているトンマッコル村にたどり着く。山間部で自給自足の生活をしているその村は周囲からの情報も遮断されており、朝鮮戦争のことをまったく知らなかった……。

 戦争で心をささくれ立たせた男たちが、平和な村に迷い込んで心の傷を癒していくという物語。戦争の存在を知らず、いわば純粋な非武装中立地帯となっていた村の中でさえ、兵士たちは互いに銃を突きつけ合って反目する。だがそうした敵対関係も長くは続かない。彼らは村人たちの畑仕事を手伝うようになり、兄弟や古くからの親友同士のように打ち解けていくようになる。

 山の中に突然、平和な理想郷が現れるという話は、ジェームズ・ヒルトン原作の『失はれた地平線』や、ミュージカル映画『ブリガドーン』などでも取り上げられているモチーフだ。(海に囲まれた島国の日本では、これが浦島太郎の龍宮城になる。)『トンマッコルへようこそ』はそうした理想郷の物語を、朝鮮戦争という現代史の中に持ち込んでいる。この映画の中には直接的に超自然な出来事が描かれることはないが、物語の類型から見てもこれがファンタジー映画であることは間違いない。

 ただしこの映画の中にも、じつは超自然的なモチーフがひとつだけ登場する。それは物語のあちこちに登場する蝶だ。「胡蝶の夢」の故事を持ち出すまでもなく、蝶は人間の魂を意味することがある。こうした象徴性は、映画のクライマックスに無数の蝶が登場する場面で鮮明な意図を持つ。この映画に登場する蝶は、朝鮮戦争で命を落とした無数の兵士や民間人たちの魂なのだ。その魂は無垢なる理想郷トンマッコルを守るため、空高く舞い上がるのだ。映画のラストシーンは、過去の出来事がその場面に挿入されたものとも解釈できる。しかしこれは蝶に化身した魂が時空を越えて、再び平和で無垢なトンマッコルへと戻って行ったと解釈すべきかもしれないし、「胡蝶の夢」になぞらえ、映画に描かれた出来事のほとんどは夢だったのだと大胆に解釈することも許されるはずだ。

 もともとは舞台劇だったものを映画用に脚色したものだが、映画は舞台劇の匂いがまったくしない、映画らしい映画に仕上がっている。監督のパク・クァンヒョンはこれが長編デビュー作だが、安定した演出ぶりには余裕さえ感じさせられる。ところどころにやや紋切り型の表現も見えるが(アクションシーンは『プライベート・ライアン』の影響が大きい)、それは大きな傷にはなっていないと思う。

(原題:Welcome to Dongmakgol)

10月28日公開予定 シネマスクエアとうきゅうほか全国ロードショー
配給:日活 宣伝:メゾン
2005年|2時間12分|韓国|カラー|シネマスコープ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.youkoso-movie.jp/
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