麦の穂をゆらす風

2006/10/30 映画美学校第1試写室
アイルランド独立戦争を庶民の視線から描いたドラマ。
カンヌ映画祭パルムドール受賞作。by K. Hattori

 1919年に始まるアイルランド独立戦争とその後の内戦を、戦いに参加した一青年の視点で描いた歴史ドラマ。同じ戦争についてはニール・ジョーダン監督が『マイケル・コリンズ』という映画を作っているが、今回の映画は独立戦争を歴史や政治の全体像を見渡す大きな視点ではあえて描かず、目の前の暴力や不正に体を張って抵抗した庶民の視点から描いているのが特徴だ。アイルランド独立戦争を「上」から描いたのが『マイケル・コリンズ』だとすれば、同じ戦争を「下」から描いたのが『麦の穂をゆらす風』と言えるかもしれない。

 物語は1920年から始まる。この時点で既にアイルランド各地で激しい戦闘が行われているのだが、物語の舞台となる南部の町コークには、まだその影響が及んでいない。医師を目指す主人公デミアンは、戦火を避けて数日内にはロンドンに移住する予定。しかし仲間たちとハーリングを楽しんだ直後、英国の治安部隊が彼らを襲撃し、仲間のひとりが目の前で無残に殺されてしまう。出発間際の駅で運転士や車掌が英軍兵士に毅然とした抵抗をしている姿を見て、デミアンの態度は決まる。彼は故郷に留まり、アイルランド共和軍(IRA)の志願兵として、英国との武装闘争に参加することを決意するのだ。

 映画は独立戦争やその後の内線を、主人公デミアンの個人的視線から描いていく。ここで強調されているのは、アイルランド独立戦争は政治や民族性の問題以前に、アイルランド人の「自衛戦争」だったという描写だ。仲間たちとスポーツを楽しんだというだけで、言葉にアイルランドの訛りがあるというだけで、英国の治安部隊はアイルランド人たちを尋問し、暴行し、逮捕し、拷問し、裁判抜きに処刑し、家屋を焼き払っていく。こうした状況を見れば、主人公デミアンが独立戦争に関わっていくのも当然に思えるのだ。

 だがこの映画は、アイルランドが独立してよかったね……という話にはなっていない。イギリスとの停戦合意や後の独立につながる条約締結といった出来事は、映画の中であまり大きな盛り上がりを見せない。そこには戦いに勝ったという喜びがほとんどない。むしろ停戦と条約の締結は、それまで一緒に戦ってきた仲間たちの中に大きな亀裂を生み、昨日までの仲間同士が互いに銃を向け合うという悲劇を生み出すことになる。

 じつはこの映画が描いているのは、この「仲間同士で殺し合う悲劇」なのだ。イギリスは大きな敵ではあるのだが、それとの戦いは映画の中で大きなドラマになっていない。ドラマを生み出すのは、常に仲間同士の分裂だ。映画中盤では、デミアンが幼なじみの少年をスパイとして処刑する場面がある。これがいわば、後半の大きな悲劇の序章になっているのだ。「私の前に二度と顔を見せないで!」という悲痛な台詞が二度繰り返されているのは、終盤の悲劇を少年スパイ処刑の変奏曲として描こうとする意図があるからに他ならない。

(原題:The Wind That Shakes The Barley)

11月18日公開予定 シネカノン有楽町、渋谷シネ・アミューズ
配給:シネカノン 宣伝:ムヴィオラ
2006年|2時間6分|アイルランド、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン|カラー|1:1.85|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.muginoho.jp/
ホームページ
ホームページへ