サッド ヴァケイション

2007/06/25 ショウゲート試写室
これまで観てきた青山真治作品の中では一番好きな映画。
『Helpless』と『ユリイカ』の後日談。by K. Hattori

 青山真治の最新作は、1996年のデビュー作『Helpless』と2000年の『ユリイカ』を引き継ぐ物語。『Helpless』は少年の物語であり、『ユリイカ』は父親の物語だった。今回の『サッドヴァケイション』は母性の物語だ。

 『Helpless』と『ユリイカ』の後日談になる作品なので、もちろん前の2作は観ておいた方が話がわかりやすいのは間違いない。登場人物が「俺は人を殺したことがある」とか「殺されそうになったことがある」と言ったとき、それが具体的にどんな事を指しているのかが、前2作を観ていることで明確になるからだ。しかしこの映画、前2作を観ていないと理解できないのかというと、そんなことはない。かく言う僕も、『Helpless』や『ユリイカ』を公開時に1度観ているだけで、物語の詳細なんてとっくに忘れている。

 前2作の存在は、この映画がより大きな物語の一部であることを示す意味では重要なのだが、それ以上に過去2作にしばられて今回の映画を観る必要はないように思う。そもそも映画の登場人物たち自身が、過去2作のエピソードについては軽くしか触れていないし、その事柄について深く突っ込んでもいない。主人公健次と、彼と一緒に暮らすユリの関係は『Helpless』を観た方がわかりやすいけれど、それだって最低限の必要事項は今回の映画の中に描かれている。むしろ『Helpless』との関連にあまり強くこだわると、『Helpless』で安男を演じていた光石研が、別の役で妹であるユリの前に現れるのが気になってしまったりするしね……。

 今回の映画の中心にいるのは、間違いなく石田えり扮する母親・千代子だろう。過去を振り返らない、徹底したリアリスト。その言動はしばしば自己中心的な印象も与えるのだが、それはこの映画に描かれる情け容赦のない現実を生き抜く力を、彼女が人一倍持っているからに他ならない。過ぎてしまったことは悔やんでもしょうがない。未来に過度な期待を持つことも禁物。彼女はひたすら、今この時を全力で生きている。彼女の姿には、野生動物のようなたくましさがある。

 映画を観ていると、千代子のたくましさや生命力に圧倒されて、彼女がモンスターのように見える瞬間がある。でもそれは現代人が、特に現代の男たちが、生々しい現実を生き抜く生命力を失っているからかもしれない。彼女は強烈な母性で、問題を抱えた男たちを周囲に引き寄せる。主人公の健次も、彼女の母性の磁場からは抜け出せない。彼はそこから抜け出そうともがくが、最後は自分が彼女から逃げられないことを知って愕然とする。

 しかしこれは、大らかな母性讃歌なのだ。時にモンスターのように見える母親を、青山監督は女神のように描いている。その母性パワーが強大であればこそ、女性は畏れと崇拝の対象になるのだ。男たちは形無しである。

今週公開予定 シネマライズ
配給:スタイルジャム 宣伝:る・ひまわり
2007年|2時間16分|日本|カラー|アメリカンヴィスタ|サウンド
関連ホームページ:http://www.sadvacation.jp/
DVD:サッドヴァケイション
サントラCD:サッドヴァケイション
原作:サッド・ヴァケイション(青山真治)
関連DVD:Helpless(1996)
関連DVD:EUREKA ユリイカ(2000)
関連DVD:青山真治監督
関連DVD:浅野忠信
関連DVD:石田えり
関連DVD:宮崎あおい
関連DVD:板谷由夏
関連DVD:中村嘉葎雄
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