昭和初期に14歳の若さで中国から日本に囲碁留学するや頭角を現し、向かうところ敵なしの強さと斬新な打ち筋で「囲碁の神様」「昭和の碁聖」と呼ばれるほどになった実在の棋士・呉清源の伝記映画。物語の大半は日本が舞台であり、使用されている言葉も日本語で、日本の俳優もたくさん出演しているが、これは中国映画だ。監督は『青い凧』『春の惑い』の田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)。主人公の呉清源を演じているのは、台湾出身のアジアンスター、チャン・チェン。流暢な日本語をしゃべりながらもイントネーションがどこかたどたどしく、和服を着ていてもその姿に心底は馴染めないでいるようなたたずまいが、この映画の描き出す呉清源のキャラクターにぴったりと重なり合っていく。
呉清源が活躍していた時代は、ちょうど日本と中国が戦争をしていた時代でもある。中国人でありながら、日本の囲碁界で活躍し、やがて日本に帰化し、日本人女性とも結婚した呉清源。戦争の中で自らの出自や国籍の問題に悩んだ彼の心の内をクローズアップしていくだけでも、これは1本の映画になるだろう。しかし今回の映画は、その辺をサラリと流しているように見える。強敵たちと繰り広げる数々の名勝負や、一世を風靡した「新布石」なども、囲碁の世界では伝説となって語り継がれている事柄ばかり。しかし映画はそれも、サラサラと流してあまり執着しない。この映画がクローズアップするのは、呉清源と宗教の係わりだ。
呉清源は日中戦争開始直前、中国に一時帰国して紅卍字会に入信している。紅卍字会はさまざまな既成宗教を習合させた新興宗教であり、秘密結社的な部分もあるのだが、対外的には慈善活動を行う中国版赤十字のような団体でもあった。呉清源は日本の紅卍字会でも熱心に活動しており、そこから紅卍字会や大本教の流れをくむ璽宇を信心することになる。映画の中では呉清源が璽宇の教祖である璽光尊に振り回され、精神的にも肉体的にもボロボロになっていく様子がかなり丹念に描写される。ただしここでは、彼がなぜ宗教に入れ込んでしまったのか、彼が宗教に何を求めたのか、なぜ宗教から離れるに至ったのかなどは、ほとんど描かれない。宗教は呉清源の生活と仕事と精神をズタズタに引き裂いていく巨大な暴力装置であり、映画中盤から終盤にかけて呉清源が棋士として伸び悩むのも、すべては怪しげな宗教に関わり合ったがゆえであるかのように描かれている。
こうした宗教観は日本人も多く共有しているものだとは思うのだが、これではなぜ呉清源に宗教が必要だったのかがわからない。説明的な病者をとことん切り詰めている映画ではあるが、もう少し軸になるドラマをどこかに用意しておいてほしかったような気はする。絵作りは格調も品格もある立派なものだが、物語についてはわかりにくい点も多いと思う。
(原題:呉清源 The Go Master)
DVD:呉清源/極みの棋譜
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