エリック・ニーチェの若き日々

2007/10/21 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(ART SCREEN)
ラース・フォン・トリアーが自分の映画学生時代を回想。
映画作りのエピソードに苦笑い。by K. Hattori

 脚本は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『ドッグヴィル』のラース・フォン・トリアー監督が、自分自身の映画学校時代を回想して書いたもの。劇中のナレーションを担当しているのもトリアー本人で、主人公のエリック・ニーチェは彼自身の映画的自画像といったところだろう。(つまり現実を幾分かは反映していても、現実通りとは限らないという意味。)登場人物にはいちいち実在のモデルがいるそうで、1970年代のデンマーク映画界を知っている人には該当人物がちゃんとわかるのだとか。監督は彼の後輩として同じ学校で映画を学び、トリアー監督作品の編集スタッフとして腕を振るったこともあるヤコブ・トゥエセン。映画学校を舞台にした青春ドラマだが、脚本がトリアー監督だから、これは相当に辛辣なドラマになる。トゲトゲしくて、痛々しくて、毒々しくて、それでいながらどうしようもなく、愛おしいのだ。

 物語の舞台は1970年代のデンマーク国立映画学校。映画青年エリック・ニーチェは学校始まって以来の劣等生だが、書類選考時の手違いから1学年6名しかいない新入生の中に選ばれてしまった。だがこれが、幸運だったかどうかはわからない。ニーチェはこの学校で徹底的に自尊心を傷つけられ、人格を否定され、連日連夜のようにコンプレックスにさいなまれるようになるからだ。泣きべそをかいて逃げ出したくなるような悪夢の日々。サディストとしか思えない教授陣から罵倒される。同級生からは足を引っ張られる。女の子には振られる。オーディションや撮影中のスタジオでは、俳優から馬鹿にされる。そんな日々を通して、ニーチェは少しずつ、たくましく、ふてぶてしく、図々しい、一人前の映画人へと成長していく。

 映画作りにまつわるエピソードがじつに楽しい。「自分は天才だ!」という自意識ばかりが先行して、学生のくせに撮影現場で暴君のように振る舞う者がいる。現場に現れた女優がほとんど露出狂で、周囲の男たちがウキウキソワソワ落ち着かなくなるのも笑ってしまう。撮影のため自宅を提供した奇特な男が、家の柱に突然釘を打ち込まれて青ざめるというドタバタもある。主人公の処女作は誰が観ても駄作。仲間たちと張り切って作った作品は、不本意なできで教師や他の生徒たちの失笑を買う。どれもありそうなエピソードばかりで、たぶん似たような出来事が実際にあったのだろうと思わせるリアリティだ。

 それにしてもここに描かれる映画学校の恐ろしいこと。教師が生徒のあら探しばかりして、平気でクソだゴミだとこき下ろす。これに比べると、プロが働く撮影現場の方がよほど思いやりと優しさにあふれている。こうした罵倒の言葉がぽんぽん出てくるのは、それだけ教師と生徒の関係が近いからだろう。映画学校ではあるけれど、そこにあるのはマンツーマンの徒弟制度に近いものなのだ。何を教えるわけでもなく、ただだめ出しだけをするのも教育なのかなぁ……。

(英題:Erik Nietzsche - The Early Years)

第20回東京国際映画祭 コンペティション出品作品
配給:未定
2007年|1時間35分|デンマーク|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=9
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:エリック・ニーチェの若き日々
関連DVD:ヤコブ・トゥエセン監督
関連DVD:ラース・フォン・トリアー(脚本)
関連DVD:ヨナタン・スパン
関連DVD:カール・マーティン・ノレーン
関連DVD:テレーセ・ダムスゴー
関連DVD:デイビッド・デンシック
関連DVD:リーネ・ビエ・ローセンスジャーネ
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