今年のベルリン国際映画祭で、最優秀新人監督賞を受賞した作品。屋上に小さな公園を持つ都心の古びたラブホテルの女性オーナーと、公園に集まる人々の交流をオムニバス風に描く。登場するのは家出した中学生、夫とすれ違いの専業主婦、毎日のように別の男とホテルを利用する若い女。この映画には女性ばかりが登場するのだ。
ホテルのオーナー艶子を演じているのは、歌手で女優のりりィ。いろいろな映画で存在感のある芝居を見せている彼女だが、主演映画は今回が初めてらしい。共演はエピソードの登場順に、梶原ひかり、ちはる、神農幸など。これら3人のエピソードはりりィを接点として映画の中に同居しているのだが、3人それぞれがからみあう話はない。3人のエピソードは最後に艶子に流れ込んで、艶子本人のエピソードが語られることになる。
描かれる物語は、それぞれ小さくてささやかなものだ。でもその小ささ、ささやかさの中に、登場人物たちの切実な思いが込められている。その小さくささやかな各人の物語が、公園を持つラブホテルという空間で解きほぐされていく。このホテルは、訪れる人に魔法をかける場所なのだ。なぜこんなことが可能なのだろう?
舞台のはラブホテルであり、そこは「宿泊」ではなく「性行為」を目的とした場所。客はそこに「休息」や「安らぎ」ではなく、一時の肉体的な「快楽」を求めてやってくる。映画に登場するラブホテルは最近主流のコジャレたブティックホテルやファッションホテルというより、昔ながらの「連れ込み宿」という言葉が似合う空間だ。和室に布団敷きの空間は、より一層秘められた性行為の隠微さと猥褻さを際だたせ、ホテル内部は人間の心が持つ薄暗い闇を暗示させているかのようだ。
それに対して屋上公園に集うのは、子供と老人たち。解放されているのは昼間の明るい時間だけで、日没と同時に屋上は閉鎖されてしまう。この公園からは、性の問題が排除されている。降り注ぐ太陽の下、昼間しか解放されない公園は闇とは無縁だ。(唯一屋上に設置されている小さな物置小屋が少年たちの隠れ家として機能し、明暗の狭間にある中間的な空間となっている。しかし当たり前のことだが、誰もそんなところで性行為を行うわけじゃない。)公園付きのラブホテルは、人間の持つ深い闇と、暖かく明るい光の両面を兼ね備えた場所なのだ。
屋上公園を遊び場にする少年たちは、そこを初めて訪れた少女に向かって「ここはアジールだ」と言う。アジールとは「聖域」や「治外法権」のこと。ラブホテルも恋人たちにとってはアジールであろう。この公園付きラブホテルは、あらゆる人々を優しく包み込む逃避場所としての役割を果たしている。それはホテルを訪れる人々だけのアジールではない。ホテルのオーナーである艶子も、じつはこの場所に逃避していることが映画の終盤で明らかになるのだ。
(英題:Asyl: Park and Love Hotel)
DVD:パーク アンド ラブホテル
関連DVD:熊坂出監督 関連DVD:りりィ 関連DVD:梶原ひかり 関連DVD:ちはる 関連DVD:神農幸 関連DVD:津田寛治 関連DVD:光石研 |