告発のとき

2008/05/14 映画美学校第2試写室
イラクから帰還した若者はなぜ殺されねばならなかったのか。
『クラッシュ』のポール・ハギス監督作。by K. Hattori

In the Valley of Elah [Original Motion Picture Soundtrack]  イラク戦争から帰還したばかりの若い兵士マイク・ディアフィールドが、仲間たちと外出したあと突然姿を消した。軍は無許可離隊(脱走)の疑いありとして実家に連絡。だがこの知らせを不審に思った父親ハンクは、息子を捜すため基地のある町に向かう。ディアフィールド家は親子三代にわたる職業軍人の家系。マイクは軍の仕事に誇りを持っていたし、軍の仕事が好きだとも言っていた。規律を尊ぶ軍隊生活が体に叩き込まれているはずのマイクが、よりにもよって外出したまま姿を消すなどあり得ない。何の手がかりもつかめないまま近くのモーテルに宿を取ったハンクのもとに、やがて軍から連絡が入る。基地近くの空き地で見つかったバラバラ死体が、マイクのものだと確認されたのだ。遺体は全身数十か所をナイフで刺されたあと、バラバラに解体されて燃やされた。ハンクは地元警察の女刑事エミリーの助けを借りて、息子を殺した犯人を捜し始めるのだが……。

 映画の原作になったのは、2003年に起きた実在の事件。しかし映画は実話をもとにしたフィクションとして、トミー・リー・ジョーンズ扮する父親のキャラクターを大きく掘り下げている。映画の主人公であるハンクは、いささか古風ではあるが、強く、誠実で、善良なアメリカの姿を代弁する人物だ。軍隊仕込みの規律正しい生活を今も守り、正義と真実を愛し、悪と不正を憎む。熱烈な愛国者であり、アメリカの民主主義に疑いを持たない。アメリカの戦争は常に正義の戦争だと信じ、軍人という仕事に対する誇りと敬意を隠すことがない。高級な服を着ているわけではないが身だしなみに気を配り、乱暴な言葉を口にせず、女性に対しては紳士として振る舞う。彼がモーテルのベッドをきれいに整えたり、女性刑事の前でまだ濡れているシャツを羽織ったり、ストリッパーにマダムと呼びかけたり、就寝前にズボンをソファーに幾度もこすりつけて折り目を付けたりする場面は、彼の人生観や生き方そのものがにじみ出ているようで強い印象を残す。

 彼は自分のそんな生き方を誇りに思っているし、そうした生き方を仕込まれた軍隊という場所にも深い愛情を持っている。軍隊こそがアメリカの中でももっともアメリカらしい場所であり、軍人こそがアメリカ人の中でも最良の人間だと、彼は無言で主張しているようにも見える。しかし彼は、その軍隊に裏切られるのだ。これは彼が、アメリカに裏切られたということでもある。未熟な若造を一人前の大人に鍛え上げる昔ながらの軍隊は、もはやアメリカには存在しない。戦地に送られた若者たちは精神を病み、心を蝕まれて帰ってくる。いったい戦場に何があるのか? アメリカはどんな戦争に足を突っ込んでしまったのだろうか?

 原題『エラの谷』はイスラエルのダビデ王が羊飼いだった少年時代、ペリシテ軍の巨人ゴリアテと戦った場所の名。少年は臆病な大人たちにかわって、巨人と戦わねばならなかった。

(原題:In the Valley of Elah)

6月28日公開予定 有楽座ほか全国東宝洋画系
配給:ムービーアイ 宣伝協力:メゾン
2007年|2時間1分|アメリカ|カラー|シネマスコープ|SDDS、DTS、ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.kokuhatsu.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
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