ベルリン・フィル

最高のハーモニーを求めて

2008/07/30 映画美学校第2試写室
2005年秋に行われたベルリン・フィルのアジアツアーに密着。
世界最高のオケ内部にある人間的葛藤。by K. Hattori

Trip to Asia 名実共に世界最高のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が、2005年11月に行ったアジア・ツアーに密着しながら、伝統と革新の狭間で揺れ動くオーケストラとその楽団員たちの姿を追ったドキュメンタリー映画。監督は『ベルリン・フィルと子どもたち』のトマス・グルベ。新しい楽団員を選ぶオーディションの様子から始まるこの映画は、指揮者や楽団員やスタッフたちにとって、「世界最高のオケの一員であるとはどういうことか?」を問いただしていく。伝統と革新。組織と個人。これはベルリン・フィルというひとつのオーケストラの中に、我々が暮らしている世界の縮図がある。

 この映画の第一の見どころは、総勢百数十人になるオーケストラが、アジアの主要都市を次々に移動していくという、その大仕掛けなプロセスそのものだろう。飛行機で移動して、ホテルにチェックインして、リハーサルをして、会場のセッティングをして、演奏をすることの繰り返し。移動に次ぐ移動の連続は、楽団員たちを肉体的にも精神的にも疲れ果てさせる。飛行機の中に押し込められ、ホテルの部屋に押し込められ、リハーサル質に押し込められ、何でもかんでも集団行動。加えて行く先々で、次々にトラブルは発生する。ホテルのチェックインでトラブルが生じ、ロビーのソファに崩れるように座り込んでしまう演奏家の姿には同情するしかない。さらにオーディションで選ばれた見習い期間中の新人は、ツアーのあいだ中、他の楽団員たちからその一挙手一投足を見られ、試されているというプレッシャーとも戦わねばならない。これは映画を観ているこちらまで神経がすり減ってヘトヘトになるような、文字通りの大ロードムービーなのだ。

 こうした旅の風景の合間に、移動の途中で得られた貴重な休日の様子や、楽団員たちのインタビューが挿入されていくという構成。地元の音楽学校に出かけて学生たちの指導ボランティアをする楽団員たちもいるが、スポーツと縁遠そうなオケのメンバーが自転車で日帰りのツーリングに出かけたり、宿泊先のホテル周辺で昆虫観察に熱中する楽団員がいたりするのも面白い。彼らはベルリン・フィルを構成する無機質なパーツではなく、ごく普通の生身の人間たちなのだ。

 インタビューを通して語られる悩みや不安の多くは、ベルリン・フィルというビッグネームの中でいかにして自分の居場所を確保するかという問題と結びついていく。見習い中の新人はもちろん、ベテランの楽団員たちも、指揮者のサイモン・ラトルですらも、自分とオーケストラの距離感をどう保つかに迷い続ける。芸術家としての自分の個性を、オーケストラの中で発揮できるのか、発揮しても構わないものなのか。指揮者のラトルもまた、自分に求められる革新性とベルリン・フィルの伝統の間で格闘している。ここにあるのは人間同士の相剋葛藤ではなく、各個人の内面にある葛藤のドラマだ。

(原題:Trip to Asia - Die Suche nach dem Einklang)

11月中旬公開予定 渋谷・ユーロスペースほか全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
2008年|1時間48分|ドイツ|カラー|1.85:1|ドルビー・デジタル
関連ホームページ:http://www.cetera.co.jp/BPO/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ベルリン・フィル/最高のハーモニーを求めて
サントラCD:Trip to Asia
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関連DVD:トマス・グルベ監督
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