ヒカリサス海、ボクノ船

2008/07/31 映画美学校第1試写室
家の中に大きな「闇」を抱え込んでしまった家族の物語。
仁科仁美と仁科亜希子が母子共演。by K. Hattori

ヒカリサス海、ボクノ船 女子大生の内海奈々子は、心に闇を抱えている。もっともこれは、彼女がひとりで抱えている闇ではない。家の中にある闇を、家族全員が共有していると言ってもいい。7年前に先天性の難病で世を去った弟の達也。その死が、家族の中に暗い影を落としているのだ。「オマエハ、オトウトヲミゴロシニシタノカ?」という無言の問いかけが、奈々子を追い詰めていく。表面上は何事もない穏やかな家族。だがその下には、互いへの不信と疑念が渦巻いている。

 9月にDVDが発売される映画を、その直前に渋谷UPLINKで短期間上映するというのだから、これはDVDに「劇場公開作」という箔を付けるためだろう。しかしこの映画、地味ながら結構ちゃんとしたドラマになっていて見応えがある。商業的に強くアピールする要素は少なそうだけど、登場人物たちの抱えた傷の痛みや苦しみが、誰もが持ちうる等身大の痛みとして観る者に伝わってくるのだ。

 強く触れれば壊れてしまいそうな人間関係の繊細さが、この物語の中で浮き彫りにされているものだ。誰も他人を傷つけたくない。ましてや愛する家族を傷つけたり悲しませたりなどしたくない。母親は娘に疑惑と不信感を持ちながら、それを口にしない。「オマエハ、オトウトヲミゴロシニシタノカ?」などとひとたび口にすれば、それだけで家族は崩壊してしまうだろう。しかし娘の奈々子は、そんな母の目を知っているのだ。彼女は妹が死んでから7年間も、母から疑われ続けて生きてきている。でもそんな母に対して、「私はやってない!」とは言えない。そんなことを言えば、母を傷つけることになるではないか。この家の中では互いが互いの気持ちを思いやり、優しく接することで、かえって傷が深くなっているのだ。互いが互いに自分の気持ちを悟られまいと構え、オドオドビクビクしながら家庭に波風立てないようにひっそりと生きようとしている。しかし疑惑と不信という目に見えない風船は、膨れあがって破裂寸前なのだ。これが破裂したらどうなるのか? それがこの映画のサスペンスとなっている。

 人間同士の葛藤こそがドラマの基本だが、仮に葛藤があっても互いが自分の気持ちをじっと押し殺しているだけでは物語が動かない。そこでこの映画では、少しばかりファンタジックな要素を加味して、人間同士が否応なしに衝突せざるを得ない状況を作り出している。弟の部屋にあったピエロのオブジェが実体化するというエピソードがそれだ。こうした非日常的要素を物語取り込むことが、作品の中で成功しているのか失敗しているのかが正直よくわからないが、家族の中に生まれた疑心暗鬼という生々しすぎる物語の毒を、これが多少なりとも和らげているのは事実だ。

 仁科仁美と仁科亜希子の母子共演をひとつの話題にしている映画だが、父親役の六平直政が小さな芝居を細やかに演じているのにびっくりしてしまった。妻と娘の板挟みになっている、優しい父親なのです。

9月6日公開予定 渋谷UPLINK
配給:GPミュージアムソフト、WILCO
2008年|1時間57分|日本|カラー|ビスタサイズ|ステレオ
関連ホームページ:http://www.gp-museum.com/
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